20.大暴れ
沈黙を破ったのは、王の言葉だった。
「ーその猫とやらを、今ここに連れて来る事は可能か?」
やった!と心の中でガッツポーズをする僕と同時に、王の前に居並ぶ男達は一斉に反対の声を上げた。
「陛下!何をおっしゃられるのですか!?」
「宮殿内に魔物を入れるなど、とんでもない!!」
席から立ち上がってまで抗議の意を示す彼らに、王は言った。
「この男の話では、国に繁栄をもたらす生き物というではないか。余はどんな生き物なのか、一度見てみたい」
「まさか…こんな荒唐無稽な話を、陛下は信じるとおっしゃるのですか!?」
「余には、この男の話が真かどうかの判断が出来ぬ。それは其方達も同じであろう。ならば、この場でいつまでも議論するより、その生き物を実際に見た上で判断するしか方法は無いのではないか?」
「しかし…陛下の御身に万が一の事があれば…」
「構わぬ。魔物《デモ―ヌ》に余が殺されでもしたら、その時は希代の愚王だと余を笑えばいい」
―こうして、半ば強引な王の命によって、クロたち3匹の猫は鉄格子の檻に入れられたままシャロンや護衛隊の兵士によって広間に運ばれて来た。
「…これは、本当に…魔物《デモ―ヌ》としか思えぬ…!」
「なんと恐ろしい姿だ…!」
猫の姿を初めて見た大臣達は、おぞましいものを目にしたとでもいうように恐怖に慄いている。
「陛下、こんな不気味な生き物が縁起が良いわけがございませぬ!一刻も早く処分するべきです!」
最前列のひときわ豪奢な衣装に身を包む男が王に訴えると、そうだそうだと追随する声があちこちで上がった。
王も青ざめた表情で猫を見つめていた。
このままではまずい…
そう思い、3匹の猫が入れられた檻にチラリと目をやった僕は思わず叫びそうになった。
(や、やめろ、クロ…!)
他の猫とのじゃれあいに飽きた様子のクロが、なんと、檻に掛けられた細長いかんぬきを小さな肉球でちょん、ちょんと押しこくって今にも扉が開きそうになっていたのだ。
(クロ、だめだ!)
僕の必死の願いも虚しく、賢くて器用なクロはかんぬきを自分で開けてしまった。
檻の側に控えていたシャロンに声を掛けようとしたその前に、クロは喜んで檻の外に駆け出していってしまった…!
「ぎゃ、ぎゃああああっっ!!」
「うわあああぁぁ!!!」
飛び出した魔物《デモ―ヌ》に、その場にいた人間達はパニックに陥ってしまった。
「クロ、待て!」
僕は慌ててクロを追いかけたが、やっと広い空間に出られたクロはのびのびと、縦横無尽に部屋中を走り回る。とっさにシャロンがかんぬきを元に戻したので2匹の猫は檻の中から駆け出すことはなかったが、よりによって王の御前で、前代未聞の大捕物が始まってしまった。
「う、うわーーーー!助けてくれーーーっ!」
「ひええ、か、神様ーー!」
逃げ惑う男達を避けながらなんとかクロを追うが、全力疾走の猫に追いつくなんて絶対無理だ。
クロは床の上だけでは飽き足らず、机の上に飛び乗ったり、カーテンに飛びついたり、調度品を蹴飛ばしたり…見た事のない景色にテンションが上がってしまったのか、大変な暴れっぷりで人間に悲鳴を上げさせ続けた。
「―待て、待てったら!クロ!」
すると、クロは突然走るのをやめた。
そして近くにいた一人の男 ―王の最前列にいた、豪奢な衣装に身を包んだあの男の足元に近づくと、何の迷いもなく彼の身にまとっていた長いローブをよじ登り始めたのだった。
「ギャーーーーーーッ!!!」
この世の終わりのような絶叫が広間に響く。
クロにまとわりつかれた男は何とかしてクロを振り払おうとするのだが、クロは全く離れない。
そうか、と僕は気が付いた。彼のローブを飾る、いくつもの長い金のチェーン。彼が動くたびにチェーンが揺れるので、クロがよけいにじゃれて遊んでしまっている。
「だ、誰か、誰か助けてくれーーーっ!!!」
「―動かないで!そのままじっとして下さい!」
やっと追いついた僕は、息も絶え絶えになっている男から、ようやくクロを引きはがす事が出来た。
まだまだ遊び足らない、と不満の声を鳴らすクロを檻の中へ戻すと、部屋にいる全員がげっそりとした様子で、深いため息を吐いたのだった。
「…陛下、…処分しか、ございません…一刻も早い処分を希望いたします…!」
クロによじ登られた男は恐怖で腰が抜けてしまったようで、周りの人間に支えられながら恨みを込めた声色で王に嘆願した。
「…え、縁起が良いだのなんだのというのは…ご覧の通り、全て嘘、偽りでございます…!」
「お待ち下さい」
僕が抗議の声を上げる前に、涼やかな声が広間に響いた。―エレン隊長だった。




