19.吉兆の前触れ
「縁起が良いとはどういう事か、詳しく聞かせてみよ」
「はい!」
僕は拳を握り、王の目を真っすぐに見つめながら話し始めた。
「太古の昔、猫の姿をした神を祀る国がありました。その国では猫は神の使いとされ、手厚く保護されておりました。そのご利益でその国は、当時世界で最も発達した高度な文明を持つ大国家となったのです。しかしその貴重な猫達を他の国に売り渡す商人が現れ、猫がぞんざいな扱いを受けるようになったのと同時にその国は没落していく事となりました。
しかし、結果として猫はあらゆる国に広がっていきました。不思議な事に、猫を大切にする国は繁栄し、反対に猫を粗末に扱う国は時を経ずに没落し、滅んでいきました。…猫には、説明しがたい不思議な力が宿っているのです」
「―デタラメを言うな!!」
その時、列席している男の一人が立ち上がって僕に怒鳴りたてた。
「そ、そんな話は、聞いた事がない!王の御前で戯言を抜かすなど、不敬にも程がある!」
その通り、確かにこれ以上ないほどのデタラメだ。
古代エジプトの話を盛りに盛って紹介してしまったが、どうか今だけは許してほしい。
詐欺師とでもペテン師とでも呼んでくれて構わない。
僕は王の前で、一生分の嘘を吐く事に決めたのだ。
「皆様方がご存じないのも当然です。僕の知っている話は、この国で聞いた話ではありません」
「何だと?」
「僕はもともと幼い頃から奴隷として育ちました。人買いに連れられ、各地を転々と移動しながら働かされて来ましたので、自分がどこで生まれたのか全く覚えていません。ただ、ある時期に住んでいた国で見聞きした話を今でもよく覚えています。
―その国には猫が当たり前のようにたくさん存在していて、国民はとても可愛がっていました。
個人の家で猫を飼うのは珍しくありませんでしたし、お金を払って猫と触れ合えるのが売りの飲食店まで存在していました。
猫をかたどった人形は商売繁盛の御利益があるとされていて、年末年始の風物詩として親しまれてきました。御利益を求める以外にも、洋服や小物、絵画、アクセサリーなど…猫をモチーフにした商品は非常に多く、老若男女を問わず人気を博していました。猫は、その国の風景の一部となっていたのです。
…その国はとても小さな国でした。大した資源もありません。それどころか戦乱や自然災害によって何度も何度も打ちのめされてきた歴史がありました。しかしその国は何度打ちひしがれてもそのたびに必ず復興し、遂には経済大国と呼ばれるまでの成長を遂げたのです。一体どうしてこんな奇跡が起こったのか?…そうです。―全て、猫の御利益のおかげなのです。
人々が猫を慈しみ、大事に扱ってきた御利益が、その小さな国に絶大な繁栄をもたらしたのです!」
「バカバカしい…!何が御利益だ、くだらない!そんな迷信を誰が信じると思っているんだ!いい加減に与太話は止めろ!!」
別の男が声を上げた。だが僕は淡々と続ける。
「そのご指摘はごもっともです。僕も最初、雇い主からその話を聞かされた時は、そんな筈がないと思いました。いくら神の使いと言っても、本当に特定の動物を大事にしただけで国が富むなら誰も苦労する必要はありませんから。―しかし、僕はあらゆる国を行き来し、様々な人々の話を聞き、猫をずっと観察した結果、一つの結論にたどり着きました。それは、猫には”繁栄”の匂いを嗅ぎつける能力があるという事です」
「繁栄の匂い?」
「そうです。猫という動物は、安穏を好みます。何しろ、一日のほとんどを寝て過ごす生き物ですから。自分で獲物を獲る力もそれほど高くはない。野生環境で生きる猫の寿命はわずか2,3年ほどです。そんな彼らがこの世界で長く生きるには、人の手が欠かせないのです。
僕はたくさんの国を見てきましたが、貧しかったり、戦争が起こる国でも猫は存在していました。
その時は厳しい状況だったかもしれませんが、猫がいる国は必ずと言って良いほどその後に復興を遂げたのです。反対に、猫を見かけなかった国はいつまで経っても国は豊かになりませんでした。
どうしてこの違いが起こるのかと言えば、豊かになる国の人々は必ず優しい心を持っているという事です。小さくか弱い動物に対しても思いやりを忘れず、愛しく思う心の持ち主がたくさんいるから、猫はその国で生き延びる事が出来た。翻って言えば、そういう優しい心が国を豊かにするのではないでしょうか。他者に対して思いやりがあり、自分より弱い立場の存在に心を配る。それは助け合いが出来るという事です。それこそが”繁栄の匂い”です。
他人を労わる気持ちが画期的な商品を産む事にもつながりますし、誰かを救いたい気持ちがたくさんの人を救う研究につながる事もある。
国の富とはすなわち、思いやりの心が積み重なって出来たものなのです。
そして今、このローシャルム王国にその猫が現れた。しかも一度に、大量にです。
これが何を意味するか、お分かりでしょうか?
それは、この国にやがて訪れる繁栄の匂いを猫達が嗅ぎつけたからに他なりません。王様の善政のおかげで人々の心は安定し、豊かになった。その象徴が、猫達の大量出現なのです!
これが吉兆の前触れでなくて、一体何なのでしょうか!?一兵卒の身分ではございますが、このような慶事を目の当たりに出来た事に、王様には心より感謝申し上げます!!」
広い空間は水を打ったように静まり返っていた。
大理石の床に再び平伏した僕は、心の中で確かな手ごたえを感じていた。




