17.覚悟
馬車に揺られる事10日間、ようやく僕らは王都・ベルガの王宮に辿り着いた。
とんでもなく広大で流麗な宮殿に見蕩れる暇も無く、僕はエレン隊長とシャロンの二人と別れ、華美な作りだが小さな机とイスがポンと置かれただけのこじんまりとした部屋に連れていかれた。猫達の事が心配になったが、ひとまずはシャロンが側についていてくれるというので少し安心した。
…そこで待っていたのは、永遠に終わらないかと思うくらいの長い尋問。
対面に座った貴族風の男性から今までの経緯を詳細に話すように言われ、素直にクロと出会った経緯から事細かく話したのだが、その男性が離席してしばらくすると別の人が入れ替わりで入室してきて、そして僕に全く同じ質問をしてくる。それがエンドレスで繰り返されるのだ。
病院の受付と先生と薬局で毎回「今日はどうされました?」と聞かれ、その度に同じ話をしなければいけなくてうんざりするあの感じに似ている。
僕は最初こそ一生懸命話していたものの、何度も繰り返されるたびに次第に緊張が薄れて疲労が溜まっていった。
何人目かの尋問者が去った後、また扉をノックする音がした。
またか…とうんざりしながら顔を上げると、そこにいたのはエレン隊長だった。
「ジャン、ついて来い。…王がお呼びだ」
ついに来た…!
この状況はクロを保護したあの頃から何となくいつか来るかもしれないと思っていたけど、とうとうやって来てしまった。
一気に心臓が鼓動を早くする。
「ー今、ネコ達の処遇について王の御前で会議が開かれている。私も列席させて頂いてはいるのだが…正直言って、かなり厳しい」
「…!」
「今見つかっているネコは全て駆除すべきだという意見に収まりつつある。王ご自身がその意見を強硬に主張されているので、会議に参加している大臣連中は日和ってほとんど反対しないんだ。お前を証言者として招致はするが、果たして聞く耳を持ってくれるかどうか…」
「そう…ですか」
「前にも言ったと思うが、王は“不吉”を何より恐れていらっしゃる。何とか王が考えを変えて頂けるとしたら、多分そこだ。…ジャン、クロちゃん達を何とか守ってやってほしい」
エレン隊長は馬車でクロ達3匹の猫と過ごす内に、すっかり猫に慣れてしまった。
餌の世話、トイレの世話などを覚えてからは猫達が背中にいきなり飛びついて来ても全く動じなくなった。今では”ちゃん付け”までするほど、猫達を慈しむようになったのだ。
彼女の真っすぐな、でも泣き出してしまいそうな瞳が僕を見つめる。
「ー分かりました」
握手をして、僕達は部屋を出た。
隊長が先導し、僕の脇には2名の兵が付いている。
広い廊下を歩きながら僕は考えた。
「王は“不吉”を何より恐れている」
エレン隊長から宮殿へと向かう道すがら、教えてもらった話だ。
5年前に起こった隣国・ハンプールとの戦争で、ローシャム王国は勝利を収めた。
しかしハンプールから帰還した兵士達は、次々に熱病に倒れていった。その看病に当たった家族達にも感染は広がり、甚大な数の死者が出てしまったのだという。
大規模な戦闘が行われたルガラントという地域はハンプールの聖地とされていた場所で、国民はいつしか「ルガラントの呪い」と噂するようになり、聖地へ兵を進軍させた王への不満を募らせているのだそうだ。
『呪い』は王の家族にまで及び、王位を継承する筈の第一王子が戦闘中に下半身不随の怪我を負ってしまい、更には王妃が例の熱病を患って亡くなってしまった。
立て続けに起こった不幸と国民に広がる不信に苛まれ、王は気落ちしている状態が続いているらしい。
そんな時に、魔物《デモ―ヌ》などという不吉極まる生き物が出現したら…
エレン隊長は、宮殿内にさえ国が傾いている証だと噂する者も出始めているという話をしていた。
王がその噂を知らない筈がないし、決して穏やかな気分ではいられないだろう。有無を言わさず処分を命じたくなるのも当然だ。
だが、王に降りかかった災いと猫は全く関係が無い。
不吉などという因縁を付けられて殺されなければいけないなんて、あまりにも理不尽が過ぎる。
クロの顔が思い浮かぶ。そしてその後に現れたたくさんの猫達。同行に選んだ2匹。
ハリー曹長を癒し、エレン隊長に自信をもたらし、子ども達を笑顔にしてくれた。
…僕しかいない。
何としてでも、猫達を守るんだ。
とても大きくて重厚な装飾の施された扉の前に僕は立った。
ーやるしかない。
僕は大きく深呼吸をして、ゆっくりと開かれていく扉を見つめた。




