13.作戦開始
ウイトの町に到着した僕達は、目の前の光景に唖然とした。
「ー逃げろ!早く!こっちだ!!」
「だっ、だめだ…!あそこにもいる!」
怒号や悲鳴を上げて逃げ惑う人で溢れ、町は大混乱に陥っていた。
露店に積まれていただろう果物や野菜があちこちに散乱し、群衆の圧を受けた屋台が砂埃を上げて崩れていくのが見える。
数日前、クロに出会う前に訪れたこの町はとても閑静でどこかのんびりとした雰囲気が漂っていたのだが、本当に同じ場所なのかと信じられない程に様変わりしてしまっている。
その中で、僕の目に飛び込んできたのは―
「…いた!!」
恐れおののく人々の視線の先に見えた、小さな白い影。
―猫だ!
この世界には、クロ以外にも猫が存在していたのか…!
…いや、一匹だけじゃない。辺りを見回すと、屋根の上や石畳の路地の脇、露店のテントの上にも…
いくつもいくつも見える、馴染みのあるシルエット。
ざっとここから見えるだけで10匹はいるだろうか。
何でこんなに急に猫が現れたのかという疑問はあるが、今はこの混乱を治めるのが何よりも先決だ。
エレン隊長は緊張はしている様子だったが、落ち着いた態度で作戦通りにあるものを高々と掲げた。
彼女の脇を固める兵士たちも次々に同じ物を掲げる。
それに気づいた人が、あっ、と声を上げた。
一人、二人… 逃げ惑う人々が、足を止めてそれを指さした。
白地に赤く猛々しい馬の紋章。王室護衛隊の隊旗が、砂埃の舞う中で堂々とはためいていた。
何でここに、という呆気に取られた顔で人々はその旗を眺める。
僕はそれまで知らなかったが、人々にとって王室護衛隊というのは畏敬の対象となるような有名な存在らしい。
「―王室護衛隊隊長、エレン・カーリアンだ。皆、よく聞け。我々が護衛するので、今から大広場へ避難を開始してくれ!」
凛とした声が響き渡る。
「で、でも、広場にだって魔物が…」
言いさした声をエレン隊長は遮る。
「大丈夫だ、我々には魔物に対抗できる力の持ち主がいる。だから皆は落ち着いて行動するように。…二人とも、頼んだぞ」
エレン隊長は僕と曹長に声を掛けると、他の兵と共に民衆の誘導を始めた。
道中で僕達が立てた作戦は、まず兵士を3班に分け、1班は僕、もう1班はハリー曹長と共に大量発生した
猫の捕獲を進める。そしてもう1班はエレン隊長が率い、町の人々を市の中心部にある大広場へ避難させるというものだ。
彼女の班にはシャロンもいる。二人なら、きっとうまく町の人達を誘導してくれるだろう。
「―では、僕達も行きましょう!皆さんよろしくお願いします!」
僕は後ろに控える兵達に声を掛けた。
「ジャ…ジャン殿、…あの、本当に大丈夫なんですよね?」
「ほ、本当に、襲い掛かってくるというような事は無いんですか…?」
先程までは感情を表に出さずに冷静に振舞っていた兵士達が、猫を目の当たりにしてすっかり怯えてしまっている。
「絶対に大丈夫です。僕を信じて下さい!猫に触れるのは僕だけですから、皆さんは作戦通りよろしくお願いします!…ではまず、あそこにいる子から行きましょう」
僕は、少し離れた路地の脇に座り込む白い猫を指さした。
「いいですか?ゆっくり、あくまでもゆっくり進んで下さい。幕は急がずに今、広げて…」
兵士達が手にしているのは野営用のテントの幕だ。
充分な大きさのあるその幕の一辺を使って、猫が逃げ出さないように囲いを作る作戦なのだが、ターゲットの白猫が近づくにつれて兵士達の足が重くなっていくのが分かる。
僕は兵士達に助言した。
「そんなに怖い顔をしていたら猫が驚いて逃げてしまいますよ。―こういう顔をして下さい」
アイドルもびっくりするような満面スマイルを僕が作ると、躊躇いながらも皆むりやり笑顔を作ってくれた。
「こ、こうですか?」
「いいですよ皆さん!すごくフレンドリーな感じで。では、行きますよ…」
朗らかな笑顔を浮かべた屈強な男達が抜き足、差し足で少しずつ歩を進めるのは、傍から見ればかなり異常な光景だろう。だが今は緊急事態。いちいち気にしてなどいられない。
「こんにちは~。君、真っ白なんだねぇ。僕の友達と正反対だ。かわいいね~」
身を屈めて少しだけ手を伸ばし、僕は白猫に話しかけながらゆっくりと近づいていく。
その間に兵士達が、猫に気付かれないようにそっと幕を広げて囲いを作り始める。
完全に壁が出来たのを確認してから、僕は素早く白猫の首根っこを掴んで持ち上げた。
おお、と兵士達からどよめきが上がる。
捕らえた白猫を急いで近くに待機させている荷馬車まで運び、積んでいた木箱の中に白猫を入れた。
にゃあにゃあと白猫は不安そうに鳴いている。可哀想だがもうしばらくこのまま我慢してもらおう。
ひとまず上手くいって僕は胸を撫でおろしたが、まだまだ捕獲作戦は始まったばかりだ。
気合を入れ直し、僕達は次の猫の捕獲に向かった。




