12.トラブル
「―いけない!誰か様子を見に入って来るかも…!」
「た、大変だ!!早くクロを隠さないと!」
急に止まった馬車の中で、大慌てで僕達はクロを檻に戻したが、扉は開く気配が無い。
「何だか様子が変ですな」
「どうしたんだろう?何かトラブルでも起こったのかな」
シャロンが近くの兵を呼ぼうかと立ち上がりかけた時、不意に扉が開いた。
「あ…」
僕は息を呑む。
入ってきたのは他でも無い、女隊長のエレンだったのだ。
ただ、その表情は先程までとはまるで別人のように青ざめていた。
「どう…されましたか、隊長」
「シャロン…」
エレンは立っていられないほど動揺した様子で、シャロンの腕に縋りついた。
「…どうしよう、私は…私はどうしたらいい…?」
「エレン様、落ち着いて!何があったのですか?」
「…魔物、が」
「魔物?」
「大量の魔物が、ウイトの町に出たと…報告が、入ってきた…」
大量の魔物?
やっぱり、クロ以外にもこの世界に猫はいるんだ!
でも、そうしたら…
「町民がパニックになって、あちこちで騒動が起こって収集がつかなくなっているらしいの…!シャロン、どうしよう。…私、私なんかに、正しい指揮をとれるはずが…」
「エレン様!落ち着いて下さい!とにかくまずは状況を把握するために、早く町へ…」
「無理!無理よっ!!あんな恐ろしい生き物がたくさんいるのよ?!そんな所に行くなんて…私には出来ないわっ!」
「エレン様…!」
「私に務まるはずが無かったのよ!!今だって、その檻に入っている魔物が怖くて仕方がないっていうのに!!」
プレッシャーと猫への恐怖で取り乱すエレン隊長をシャロンは必死で宥めようとするが、彼女の耳にはシャロンの声が届かないようだ。僕とハリー曹長はどうしたら良いか分からず、ただ二人を見守る事しか出来なかった。
その時—
「うにゃうにゃあ~む」
あまりにも場にそぐわない声が聞こえて、僕達は全員、その場で固まった。
「な…何よ?今の」
「今のは…クロの寝言です」
僕は檻の中にいるクロを指さした。
クロはお気に入りの毛布に包まれて、こちらの騒ぎなどお構いなしにすやすやと眠っている。
「…寝言?…魔物《デモ―ヌ》なのに?」
「はい。時々、むにゃむにゃ言うんです」
少しの静寂の後、僕達は堪えきれず、顔を見合わせたまま噴き出してしまった。
「赤ちゃんじゃないんだから…」
くすくすとエレン隊長が笑う。
「実際、赤ちゃんみたいなものですよ。一日のほとんどは眠っていますから」
「何よそれ。本当に赤ちゃんじゃない」
笑った事で、エレン隊長は落ち着きを取り戻すことができたようだ。
シャロンが彼女に声を掛ける。
「隊長、僕も着いていますし、何といってもこの未知の生き物について充分に知識のあるお二人が着いています。街へ行って、状況を確認しましょう。—お二人もいいですよね?一緒に」
こちらを振り返ったシャロンに僕と曹長は大きく頷く。
「微力ながら精一杯尽力いたします」
「僕もです、猫の事は何でも聞いて下さい!」
「お二人もこう言ってくれています。ーだから、きっと上手くいきます!大丈夫ですよ、抱っこしていても本当に大人しいんですから」
「抱っこ?」
あ、しまった、という顔をする青年を訝しげな眼で見つめた後、エレン隊長は溜息を吐いた。
「…詮索するのは控えておくわ。それより今は…やらなければいけない事があるものね」
前を向いた彼女は、不安を吹き消すように凛とした声で言った。
「ウイトの町へ、急ぎましょう」




