01.やっぱりどこでも最下層
「はぁ、はぁ、はぁ…」
ローシャルム王国の北西、ウイトと呼ばれている町の郊外で、僕こと北岡サトシは
地面に膝をついて息を切らしていた。
「そこの新入り!勝手に休むな、さっさと立たんか!」
「はぁ、はぁ…す、すみません…」
上官の怒声に急き立てられ、再び僕は広大な荒地をよたよたと走り始めた。
(こんな事なら、体力、前世でもっと付けとけば良かった…)
事の始まりは約一か月前。
ごく平凡なサラリーマンとして生活していた僕は、ある日交通事故に遭い
あっけなく命を失ってしまった。…と思った。
気が付くと、僕はまるで中世のような石造りの街にいた。
それこそゲームや漫画でよく見ていたような世界が目の前に広がっていて、僕は唖然とした。
よく見れば、服装もスーツから板金で出来た甲冑に代わっている。
どうやら僕は、いわゆる異世界で兵士として転生したらしい。
という事は、僕も前世で身に着けた自分の知識や特技を活かして、
一気に成り上がるなんて展開が!?
…なんて僕のテンションが上がったのはほんの少しの間だけだった。
小さい頃からずっと目立たなくて、特にこれといった取り柄も無くて、
地味で平凡な人生を送ってきた僕だ。
一発逆転を狙えるような特別な知識も特技も、そんなもの持っているはずがない。
それでも、王族とか貴族とか、そういうセレブな層に転生出来ていればまだ良かったのだが、今の僕の身分は最下級兵士。
ヒョロヒョロで体力は女子以下、一度も人を殴った事の無い(むしろ一方的に殴られた事はある)僕が、
一体ここからどう成り上がれと言うのか。
持久走訓練が終わると休む間もなく食事の支度や洗濯、家畜の世話などうんざりするほどの雑用が待っている。どうも僕は新入りというポジションらしく、兵舎では一番格下の扱いを受けていた。
「ジャン、今日もお前、隊列から遅れて走ってたんだって?」
ジャンというのはこの世界の僕の名前だ。
「は、はい…」
「情けねえなぁ~。こんな根性無い奴初めて見たんだけど」
「気も利かねえし、仕事も遅いし。見ててイライラするわ」
先輩兵士達に口々に罵られても、僕は何も言えずにただ黙ることしか出来ない。
「よし、先輩としてお前の腑抜けた根性鍛え直してやるよ。今から腕立て100回!」
「えぇっ!?そ、そんな…」
「さっさとしろよ、先輩がありがたく面倒みてやってんだぞ、グズ!」
渋々腕立てを始めた僕の頭に、先輩の一人が足を乗せて「もっと力入れろよ~」とか
なんとか言って笑っている。
…転生前と、何も変わってないじゃん。僕の状況。
会社でも入社以来ずっと、仕事が出来なくて、先輩達に説教されてばかりだった。
深夜を過ぎても終わらない仕事を抱えて、くたくたになって家に帰って、でも疲労とストレスで安いインスタントの春雨スープくらいしか胃に入らなくて…
僕は泣いた。
先輩達の笑い声もおかまいなしに、僕は床に這いつくばりながらひたすら泣いた。