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9:心配かけてごめんなさい

 

 馬を操り王都を駆け抜け郊外に出ると、崖の下のほうに猛スピードで走る怪しげな馬車を見つけた。

 あの馬車にマディリンが乗っていると予想しハンナは進路を変える。

 整備されていない森の道を進めば、髪は乱れ、スカートは裂け、頰には切り傷ができた。

 けれどそんなことをものともしないハンナは、仮の主人の無事をただ一心に祈りながら手綱を握っていた。



「くくく、祭りに乗じてエストレラの娘を拐う。これほど簡単な仕事はなかったな」

「後はここで始末して戻れば終わりだ」


 森の中にある朽ち果てた小屋の中で、二人の男が一人の女性──薬を嗅がされ意識を失ったマディリンを見下ろしていた。


「……なあ、後は殺すだけならよお」

「ああ、このまま殺すには惜しい女だ」


 欲望に満ちた瞳。チラリと覗く赤い舌。

 ザリ、ザリと小屋の床に散らばる砂を踏みしめる音がゆっくりとマディリンに近付いていく。

 毛に覆われた男たちの太い腕が伸びきろうとしたその時。


「ぐわ!?」

「んぐ!?」


 二人は大きな衝撃を受けたかと思うと、いつのまにか床に伏していた。


「クソ、何が──」


 衝撃を受けた脳がグラグラと揺れているが、それでも事態を把握しようと男たちはなんとか頭を上げる。

 そして目を見開いた。


 そこには一人の女──ハンナが立っていた。


「……っ、なんだお前」

「どこから現れやがった……!」


 ハンナは男たちの問いに答える気はなかった。


「おい、なんとか言ったら──」


 男たちがフラフラと立ちあがりきる前にハンナの鋭い手刀が二人の意識を奪う。


 二人を気絶させるのに要した時間はわずか十秒。

 ハンナの影としての仕事は情報収集が主で、戦う状況になることはほとんどないのだが、王家の影として戦闘技術は兼ね備えているハンナにとって、人を気絶させることは赤子の手を捻るより簡単な仕事だった。


 床に倒れているマディリンの様子を窺う。

 傷一つないことが確認できて、ハンナはそこで少し肩の力を抜く。


 今回のマディリンの誘拐について心当たりはある。

 オーロラが言っていた"あの件"に関係することだ。


「……さて」


 ハンナはこれからの動きについて適切な策を導き出すために自身の頭をフル回転させた。


 まずマディリンはこのままこの小屋に置いていく。

 男たちは手足を縛り動けないようにしておくことは忘れずに。

 そしてハンナ自身はここから少し離れた森の中で意識を失ったように倒れておけば、後は万事上手くことが進むだろう。


 自身が王家の影であることは誰にも悟られてはいけない。

 あくまで正体不明の誰かがマディリンを魔の手から救い、彼女を追ったハンナは結局森の中で道に迷い何かの弾みで意識を失ったと思わせる必要がある。


 マディリンの乱れた衣服や髪を軽く直し、小屋の隅に移動させておく。

 男たちと同じ場所に残しておくことに罪悪感を駆られつつ、まもなく来るであろうリアムの追跡を逃れるためにハンナは小屋を後にした。


 予想通り森の中に体を横たえて数分もしないうちにたくさんの馬の音と共にその人はやって来た。


「ハンナ……!」


 このまま意識を失ったふりをしてマディリンの救出まで見届けよう。

 そう思っていたのに、彼の熱い腕の中に収まった瞬間、ハンナは意識を手放してしまっていた。



 *



 次に目覚めたのは薬品の匂いがツンと鼻を掠めた時だった。

 慣れない匂いに顔を僅かに顰めると「ハンナ……?」とすぐ近くからリアムの声が聞こえた。


 目を開けた先には顔色を悪くしたリアムがハンナを見ていた。

 彼の名前を呼ぼうとした矢先、リアムに力強く手を握られる。


「目覚めて良かった……!」


 何年も目を覚まさなかった相手にかけるような声音だなと思いながら、ハンナは現状を把握するためにゆっくりと上半身を起こしながらリアムに「ここはどこ?」と問いかける。


「皇城の医務室だ」


 どうやら無事に帰って来ることができたらしい。

 しかしすぐに彼女の存在を思い出す。


「ッ、リアム! マディリン様はどうなったの!?」


 マディリンを外出させたのはハンナの意図によるもの。

 それにもかかわらず、彼女の安全を確保できたかを最後まで確認しないまま意識を失うなど、完全な失態だった。


 顔色を悪くして焦りを露わにするハンナを宥めるように、リアムはハンナの肩に手を置く。


「落ち着くんだ。彼女もきちんと保護した。傷一つない状態だ」


 今は実家の屋敷に帰って休んでいるはずだ、そうリアムの口から聞いてようやくハンナはホッと一息をつく。


 しかしこの後すぐにオーロラにことのあらましを報告しなければならない。どのように伝えるか頭を整理し始めたそんなハンナに、リアムは口を開いた。


「……なぜ、あんな無茶をしたんだ?」

「え」


 思わずリアムのほうへ顔を向けると、リアムは今にも泣き出しそうに顔を歪めていた。


「無事だったから良かったものの、倒れたハンナを見た俺がどんな気持ちで……!」


 顔を俯けてしまったリアムの姿に、ハンナはあ、とあることに気付く。

 ハンナがマディリンを助けたと疑われていないのは良かったものの、よくよく考えればハンナの行動はリアムに迷惑をかけたことになる。

 つまりハンナは現在謝罪する立場にあるのだ。


「つい体が動いちゃって……結局追いかけても無駄だったし、騎士団の皆さんには余計な手間をかけさせちゃったわ。本当にごめんなさい」

「……違う、謝って欲しいわけじゃない」


 そう言って顔を上げたリアムはそのままハンナを抱きしめた。


「俺はただ、俺がハンナのことを心配していたことを分かってほしいだけなんだ」


 リアムの言葉にハンナは目を見開く。

 まさかリアムに心配をかけてしまっていたとは夢にも思わなかったのだ。


 リアムの様子を見るに、心配しているという言葉は心の底からのようだった。

 彼の気持ちに気付かされた瞬間、ハンナは自分の心臓が小さく震える感覚がした。


「……心配かけて、ごめんなさい」

「……分かってくれたのなら、いい」


 そのまましばらく沈黙の時が続いた。

 次に沈黙を破ったのはハンナを抱きしめたままのリアムだった。


「なあ、ハンナ」

「……なあに」


 唐突かもしれないが、そう前置きを置いて、リアムは真剣な声音で言葉を続けた。


「俺の家族にハンナを紹介してもいいか?」

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