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8:少し困惑しています

 

 その後不貞腐れてしまったリアムの機嫌を戻すのは大変だった。

 頭を撫でて、キスをして、たくさん甘やかして──リアムの機嫌が良くなった頃にはハンナのほうが疲労していた。


 今後同じようなヘマはしないようにしようと決意したハンナは、己の膝に頭を乗せてくつろぐ男に明るく声をかける。


「ねぇ、リアム。良かったら来週の花祭り一緒に行かない?」

「花祭り?」


 花祭りとはハスティオン王国で年に一度王都で開催される祭りのことで、男女とも華やかな色の服を着るが慣わしとなっており、国中が明るくなる日として王都に住む誰もがその日を心待ちにするほどの大きな催し物だ。


「……そもそもハンナは仕事でいないんじゃないのか?」

「その日だけお休みがもらえそうなの。せっかくの花祭りだし、オーロラ様も行っておいでと言ってくださって。あ、でももう友人と行く予定にしているのかしら」

「いや、その予定はない。いつもつるんでいる奴らは皆遠征に出ていないからな。いたとしても、行くならハンナと行きたい」

「……ありがとう。嬉しい」


 リアムがハンナに愛の言葉を求めてこないことが不思議だったが、賭けをしたあの友人たちがそもそも国内にいないのならば納得だ。

 それならもうしばらくは余計な心配をせずにリアムと過ごすことができる。


「楽しみにしてる」


 頰を緩ませたリアムに、ほんの少しの罪悪感を感じた。

 今回の誘いは純粋に祭りを楽しむためではなく、ある目的があったからだ。



 *



「どう? 似合う?」


 今日のために用意した花柄の刺繍があしらわれた黄色いワンピース。ゆるく編んだ髪には小花をいくつか差し込んだ。

 くるりと一周して見せると、リアムは鼻を押さえながら「似合う……!」と鬼気迫る声で答えた。

 お世辞でも嬉しくて、へへ、と笑うと、ギュウッと抱きしめられる。


「ダメだ、可愛すぎて外に出したくない」

「……行かないの?」


 祭りに行かないとなると予定が狂ってしまうのでそれは困るなと思っていると、ハンナが落ち込んだと思ったのか、リアムは慌てて首を横に振った。


「今のは冗談だ」

「そう? 良かった。……でもね、リアムもとってもかっこいいから、外に出したくないって気持ち、分かるわ」

「──!」


 ハンナの衣装と対になるようにデザインされた黄色のベストとパンツ。胸元には黄色の花が差し込まれている。髪もオールバックにアレンジされていて、いつもとはまた違う魅力を引き出しているリアムに称賛の言葉を贈らないわけがない。


 ハンナの言葉に顔を真っ赤にしたリアムは、そのまま惚けたようにハンナに顔を近づけて来ようとするので、化粧を崩したくないハンナはリアムの唇を手で塞いだ。


「行くんでしょ?」

「……むぐ」


 不服そうな視線はスルーだ。



 正午過ぎの中心街はいつも以上に活気にあふれていた。


「本当に人が多いわね」

「はぐれないように腕を離さないでくれ」


 リアムの腕に自分の腕を絡めて露店やショーを見て回る。

 時折王城で働く人たちを見かけたが、皆遠巻きにハンナたちを見るだけで、近づいて来ようとする者はいなかった。

 ハンナとしてはありがたい限りだと、めいっぱいの笑顔を浮かべてリアムにくっついた。


 それから数時間後。

 そろそろ会ってもおかしくないけど、と考えた矢先。ハンナの視界の端にスカートの裾が映った。


「ごきげんよう。貴女がリアム様の恋人?」


 目の前に現れた女性──マディリンに、ハンナは内心安堵する。

 今回の目的、それはマディリンとリアムの恋人である自分(ハンナ)を対面させることにあったからだ。



 *



 オーロラにマディリンに関する報告をした日から三日後のこと。


『出自の分からない女性、ねえ……。本当にそれ以上探れなかったの?』

『はい。お力になれず申し訳ございません』


 マディリンの命令に基づいて調査したが大した情報は得られなかった旨を伝えると、彼女は不満げな表情を浮かべた。

 もちろんこのままでは納得しないことは分かっていたので、しかし、とハンナは声を落としてマディリンの耳元で囁く。


『近日開かれる花祭りにお二人で出掛けられるそうです』

『……そう。ならわたくしが直接会いに行ってあげるしかないわね』


 予想通りの答えにハンナはニコリと笑った。



 *



 直接会って満足させるしかない。そう考えたハンナの助言のもと花祭りに現れたマディリンは、赤いワンピースに身を包み、遠慮のない品定めの視線をハンナに送っている。

 不躾な視線もそうだが、護衛一人付けていない様子を見て、ハンナは内心溜息を吐きそうになった。

 "アル"としてこの場に立っていれば嗜めたものの、今はリアムの恋人である"ハンナ"として行動を間違えるわけにはいかない。


「……申し訳ございませんが、どちらさまでしょうか?」

「これは失礼したわね。わたくしはマディリン・エストレラ。──リアム様の婚約者よ!」


 背後にドンッと効果音でもつきそうな勢いで自己紹介するマディリンに、ハンナは一瞬目を閉じた。

 まさかこうくるとは、と思いながら横に立つ男の様子を窺うと、石のように固まってしまっている。

 これではマディリンと何かあったと言っているようなものじゃない、と指摘するわけにもいかず、ハンナは意識をマディリンに戻した。


「リアムに婚約者、ですか。すみません、彼からは何も聞いていなかったので……少し困惑しています」

「あら、そうなの。わたくしとリアム様は……」

「──違う。婚約者なんかじゃない。エストレラ嬢、その話は断ったはずだろう!? どういうつもりかは知らないが、彼女に嘘を吹き込まないでくれ……!」


 焦った様子で会話に入り込んできたリアムは、ハンナを自分の背に追いやってマディリンと向かい合った。


「だってわたくしは納得してないんですもの」

「貴女の父は了承した」

「わたくしが強請れば、お父様の心は揺れるわ」

「ッ」


 マディリンもリアムに本気ではないのだろうが、そんなことを知らないリアムは顔を強張らせた。

 エストレラ家はヘリバード家と同等の家柄であり、いくら名門のヘリバード家であっても無下にできる存在ではない。

 つまり、マディリンが強く要望すればリアムとの婚約話が復活する可能性は大いにありえるのだ。


 そう理解しているからこそ、リアムは言葉を返すことができなくなったのだろう。

 さて、どう出るのが正解だろうか。


「お二人の間で何があったのかは分からないですが、家同士の話であれば場所を改めてお話をされたほうがいいのではないでしょうか」

「し、しかし」

「大丈夫よ、リアム。私は貴方を信じているから」

「ハンナ……」


 惚けたようにハンナを見るリアムに、マディリンは目を細めた。

 そしてにこりと笑ってポンと手を一つ叩く。


「では一緒にお祭りに回りましょう」

「は?」

「わたくし、貴女のことが知りたいの」


 試すような目つきに、ハンナはわざとらしく首を傾げる。


「リアム様の婚約者というのは冗談よ。婚約者になり損ねた女、というのが正しいの」

「……そうなんですか」

「恋人がいるから婚約はできないと言われてね。別にそれはいいのだけど、わたくしとしてはわたくしが振られる原因となった相手のことはちゃんと知っておきたくて。だから、いいでしょう?」

「ダメだ」


 マディリンの申し出を拒否したのはリアムだ。


「恋人同士のデートに付いてくるのは不躾だ」

「私は大丈夫ですよ。人数が多い方が楽しいですし」

「ハンナ……」


 リアムもここで受け入れたほうが今後にとって良いと悟ったのか、それ以上反発することはなかった。


 そうして三人でお祭りを回ることになったのだが──正直、マディリンを手懐けるのはとても簡単だった。

 アルの時に学んだマディリンのツボを押さえつつ配慮した言動を見せる。それだけでマディリンはすっかりハンナのそばを離れなくなってしまった。


「リアム様がわたくしの婚約を断ってまで貴女を選んだ理由が分かるわ」

「ふふ、本当ですか? ありがとうございます」

「友人になってあげてもよろしくてよ」

「まあ、いいのですか。嬉しいです」


 明るい笑みを浮かべながらマディリンの頰についたアイスクリームを優しく拭ってあげると、彼女は嬉しそうに頰を染めた。


「ハンナ、貴女リアム様にはもったいないと思う」

「なっ!?」


 これまで出る幕がなくむっつりと口を閉じていたリアムだったが、さすがに黙っているわけにはいかないのか眦を吊り上げた。


「なんてことを言うんだ!」

「わたくしのお嫁さんになってほしいくらい」

「ハンナは俺のだ!!」


 七歳も年下の女性にムキになっているリアムは可愛いが、往来で叫ぶのは勘弁してほしい。

 同様のことを思ったのか、マディリンも呆れた表情をしている。


「リアム様って顔はとっても素敵なのに、中身が子どもっぽいわね」

「こ、子どもっぽいだと!? ハンナ、そんなことないよな?」

「……そうね」


 ハンナの微笑みに何かを感じ取ったのか、リアムはズーンと分かりやすく落ち込んでしまった。

 ヘマをしないと反省したばかりなのに、とハンナは慌ててフォローの言葉を入れるが、もう遅いということは言うまでもない。


 その時マディリンが「あら、リボンが」と声を上げた。

 どうやらマディリンの手首に結ばれていた赤色のリボンがほどけて落ちてしまったらしい。歩いてきた方向を振り返ると、少し先にそれらしき赤い物が落ちている。


「取ってきますね」

「いいの。あれくらい自分で取りに行くわ」


 貴族の女性にしては珍しい発言だが、しばらくマディリンのそばにいたハンナにとっては慣れたものだった。

 マディリンのこうして好ましい部分を見るたびに、ハンナの胸に温かいものが広がっていく。


 リボンを拾いに行くくらいなら大丈夫だろう。そう判断してマディリンを見送る。

 しかしそれが間違った判断だったことを数十秒後に知る。


 ハンナたちの目の前を複数の人たちが横切ったわずかな時間でマディリンの姿が消えた。


「──!」


 瞬時に視界を広げると、マディリンが何者かに路地裏に連れ込まれるのが一瞬見えた。

 小さく舌打ちをしてハンナは走り出す。


「ハンナ!?」


 リアムの叫び声を背に、ハンナは人混みを抜けてマディリンが消えた路地に入り込む。

 しかし既にそこに彼女の姿はない。


「借りるわ!」

「えっ、おい!」


 路地の一角に繋がれていた馬を奪い、ハンナはそこから駆け出した。

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