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5:大変光栄です

 

「頼み事があるの。他でもない貴女に」


 公務を終えてひと段落したオーロラが、ハンナと二人きりになるや否や開口一番にそう言った。

『他でもない貴女に』この言葉がオーロラの口から出てきたということは、通常の侍女業務ではない"影"としての仕事を命じようとしているということ。


 どんな内容であっても受け入れるつもりのハンナが頷くと、オーロラは目を細めた。口元は扇子で隠されていて分からないが、きっとそこには弧を描いた唇があるのだろう。


「甥の婚約者候補を見てきてほしいの」


 ドクリとハンナの心臓が大きく脈打った。

 オーロラには三人の甥がいる。いずれもヘリバード家の息子で、そこにはハンナの恋人である彼も当然含まれている。


「……甥とは三男のリアム様のことをおっしゃっていますか?」

「そのとおりよ」


 ヘリバード家の長男は既婚者、次男は変人と名高い人物で伴侶を持つような人間ではないと聞いている。となれば、次に婚約の話が上がるのはリアムとなる線が高い。

 その予想は見事に当たり、ハンナは静かに目を伏せた。


「あの子もいい歳だし、そろそろ相手を作ったほうがいいと思ってわたくしから当主(おとうと)に話をしたのよ。そこで第一候補として上がってきたのが、エストレラ侯爵家の令嬢というわけ」


 いつかリアムも伴侶を持つ。

 それは分かっていたはずなのに、それなりの期間を恋人として過ごしてきた弊害か、胸が少し苦しい。


「貴女も知っているでしょうけど、エストレラ家の娘は我儘姫と通称がつく程度には派手な性格をしているそう。……ヘリバード家と縁を繋ぐということは、すなわちわたくしと縁を繋ぐということ。甥の伴侶であったとしても、下手な女であっては困るのよ」

「はい」

「だから、令嬢が甥の伴侶として相応しい人物かどうか、貴女の目で確かめてきてちょうだい」


 オーロラの命令に、ハンナは無言で頭を下げた。



 *



「アルと申します。誠心誠意仕えさせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします」

「この者は以前までエストレラ家が保有する別の屋敷で働いていたのですが、非常に優秀な働きぶりであることから本邸に引き抜いてまいりました」


 オーロラのお膳立てのもと、ハンナはアルという名を名乗り執事としてエストレラ家に入り込んだ。

 公平な観点で審査をするために、アルが王妃から派遣されて来た人間だということはエストレラ家の当主と隣に立つ執事長のみにしか知らされていない。


「ガイが不在の間お嬢様の専属として仕えさせたいと考えておりますが、いかがでしょうか?」


 執事長は緊張した顔でマディリンにハンナを紹介した。

 ハンナの査定で主人の娘の将来が決まるのだ。令嬢がどう反応するか気が気ではないのだろう。


 そんなことを知る由もないエストレラ家の姫、マディリン・エストレラは、ハンナの全身をくまなく観察した後、ジッとハンナの顔を見つめ──笑った。


「合格」


 マディリンの満足げな声に執事長が少し肩の緊張を解いた。マディリンの性格上、そもそもハンナの存在を拒否する可能性もあったのだ。その懸念が一つ払拭されたのは執事長としては安堵の材料となったのだろう。

 事前に調べていたとおりね、とハンナも内心息を吐く。


 マディリンは超がつくほどのメンクイだ。

 どれだけ働きぶりが良かろうが、どれだけ性格がよかろうが、顔が良くなければ側に付くことを許さない。

 容姿の優れない者たちを差別しているわけではないが、単純に綺麗なものに囲まれて過ごしたいという欲が強いようだ。


「近くへいらっしゃい。……うん、とっても素敵」


 専属とはいえ使用人の顔までも逐一精査しなければならないのでは、エストレラ家も苦労するだろう。

 我儘姫という通称を与えられた理由が今日だけで十分よく理解できる。


「お嬢様のお眼鏡にかなったようでなによりです。既に一通りの仕事内容は叩き込んでおりますので、なんなりとお申し付けください」

「ええ」


 執事長が部屋を去った後、ハンナは早速お茶のセッティングを始めた。

 手際よく準備するハンナの様子を黙って見ていたマディリンだったが、飽きたのか「ねえ、アル」と話しかけてくる。


「貴方幸運だったわね。実はわたくしには既にガイっていう専属の執事がいるんだけど、最近大きな怪我をしてしまって、ちょうど長期の休暇を取らせたところだったの。もしガイの怪我がなかったら、貴方のような綺麗な男性(・・)でも側付きを断ったかもしれないわ」

「……そうだったのですね。期間が限られているとはいえ、お嬢様にこうしてお仕えできる機会をいただけて大変光栄です」


 ハンナが練り上げた設定を事実だと信じているマディリンを横目に、ハンナは微笑みながらお茶を注いでいく。

 蝶よ花よと育てられた十六歳のマディリンにとって、日常に紛れ込む嘘を見抜くのはまだ難しいのだろう。

 それはつまり、今目の前にいる執事が“女性である”ことを見抜く能力もないということだ。


「アルはとても女性受けする容姿をしてるんだから、やっぱりこれまでもたくさんの女性に言い寄られてきたんでしょう?」

「残念ながら仕事一辺倒で生きてきたもので、お嬢様の期待されるお話はできないかと」

「絶対嘘よ。そんな大人の色気醸し出しておいて女性関係がゼロだなんて」

「そう見えているなら嬉しい限りです」


 ハンナには変装という特技があった。

 自分より身長が低い人間でなければ、ハンナはどんな人間にでもなれる。

 そのクオリティは、オーロラという例外を除いて、ハンナの正体に気付いた者はいないというだけで十分だろう。


 今回も対象者(マディリン)が好みそうな大人の男性の姿になりすますことで、専属執事という絶好のポジションを得ることができている。

 そう遠くないうちにオーロラの求める結論を出すことができるはずだ。


「……」


 主命は確実に果たす。

 だから、私情は決して挟まない。


 そう静かに決意したハンナは、それから一週間ほどマディリンのそばに侍り、侍女業務で培ったスキルを活かして彼女に尽くした。

 ハンナの仕事ぶりに感銘を受けたマディリンはさらにハンナに心を開いたようで、最近ではどこで何をするにもハンナを伴うようになった。

 そのおかげでマディリンの大体の人となりが分かり、オーロラに報告できるだけの材料が揃ったなと考えていた矢先のこと。


 読書をしていたマディリンが「あ、そうだわ」と不意に頭を上げた。


「急遽決まったんだけど、明日わたくしの婚約者が我が家に来ることになったの」

「……え?」

「正確には婚約者候補だけど。とってもイケメンなのよ。──リアム・ヘリバードっていうの」


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