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4:違うったら違う

 

 黒の騎士団は国王直下の組織ということもあり、帝国屈指の騎士たちが集められている。コネだけで入れるような甘い組織ではなく、入団試験で実力を示すことができなければ高位貴族の子息であっても容赦なく落とされるため、その敷居の高さから黒の騎士団に所属する騎士たちは国民の憧れの対象であった。


 つまり黒の騎士団に所属するリアムも、一般的な女性が襲いかかったところでかすり傷一つ与えられない屈強な男性であることは紛れもない事実なのだが──。


「ハンナ! あそこで手品をしている。見に行こう!」


 なぜこんなにも可愛いく見えてしまうのだろうか。

 リアムに告白される前の彼のイメージは、眉目秀麗、英明果敢、冷静沈着といったところ。賭けをする場面を見ても、そこに底意地の悪さが追加されるぐらいだったはずなのに。


「ハンナ?」

「なんでもないわ。観に行きましょう」


 ハンナの言動に感化されたのか、最近のリアムはとても感情表現が豊かだ。

 冷たい美貌の分ギャップの差を激しく感じ、ハンナのトキメキのツボをいとも簡単にくすぐってくる。


「どうした?」


 手品のショーが目の前で繰り広げられているにもかかわらずリアムを不躾に眺めていたからか、ハンナの視線に気付いたリアムが不思議そうな表情で尋ねてきた。


「……手品凄いなって思って」

「ああ、そうだな」


 ハンナの誤魔化しの言葉に共感したリアムはにこりと笑うと、再び顔をショーのほうに向けた。


「そこのイケメンお兄さん! 手を出して」

「えっ」


 ショーの終盤、手品師の女性がリアムの目の前までやって来ると、ポンッと一輪の薔薇を出現させた。おおっ、と観衆から歓声が上がる中、手品師はそれをリアムに手渡す。

 リアムが思わずといった様子で受け取ると、手品師はウインクをして違う観客のほうに移動していった。

 どうやらショーの一環としてランダムに花を手渡していっているようだが、他の観客に渡した花と違ってリアムの花はかなり値が張りそうな美しい花で、手品師に他意があったのは明らかだ。


 ショーが終わり解散する雰囲気になった時、手品師とはまた違う、近くにいた観客の女性が「あっ、あの」と話しかけてきた。

 頬を染めて上目遣いをしていることから、女性が話しかけているのはリアムだということを察する。


「よ、よかったらこの後お茶にでも行きませんか? すごく格好いいなって思って」

「……相手がいるのが見えないのか?」

「へ」


 リアムがハンナの腰に腕を回し、自らのほうにグイッと引き寄せる。

 リアムの胸に飛び込まざるを得なかったハンナの思考が停止している間に、リアムは「まだ分からないのか。目障りだと言っているんだ」と女性を冷たく切り捨てた。

 女性は「ひどい!」と傷付いた声をあげて去っていく。


「それじゃあ行こうか」


 リアムは先ほどとは一転して甘い声でハンナを包み込む。

 恋人にだけ甘く、それ以外には一縷の希望も与えない。

 女性にとってそれがどれだけ嬉しいことか、この男は知っているのだろうか。


「リアムって本当罪な男よね」


 これから先リアムに魅了されるであろう女性たちの不憫さを思って遠い目をしながらそう言うと、リアムは「えっ」と驚きに目を丸くした。

 予想外の反応に、ハンナは少し身構える。


「……何よ」

「妬いてくれたのか?」

「──え?」

「俺がハンナ以外の女性と関わったのが嫌だったんだろう?」


 何かを期待するような表情のリアムに、ハンナは思わずムッとする。問いかけの裏に『早く解放の言葉を言え』という考えが透けて見えたからだ。


「違うわ」

「本当に?」


 否定しているにもかかわらず、嬉しそうに頰を緩ませるリアム。ハンナは思わずムキになって「違うったら違う!」と声を上げる。


「心配しないでくれ。職場は男ばかりだし、たとえ女性と関わることがあっても必要最低限の接触で済ませるから」

「心配なんてしてない!」

「そうか」


 デレデレとハンナの頰を撫で続けるリアムに、ハンナが何を言ったところで無駄のようだと悟った。

 言い合いにすらなっていないやり取りを終わらせるべく、ハンナはちょうど目に付いた店に飲み物を買いにいこうと考える。


「少し喉が渇いたから買って来るわ。そこで待っててくれる?」

「俺も行く」

「一人で行きたいの」

「……ふ、分かった」


 仕方のなさそうな笑みを浮かべたリアムは、ハンナの頭を撫でた後近くにある噴水の淵に座った。

 一人になりたいことを察してもらえてなによりだが、それも手のひらで転がされているようでなんだか面白くない。


 リアムのペースに乗せられないようにしないと、と決意したその時、周囲への注意を怠ったせいか、向かいから歩いて来た男性とぶつかりそうになった。

 慌てて謝罪をしようと視線を上げるも、ハンナと同じ亜麻色の髪色が視界に入った瞬間、呼吸が止まった。


「……お前、ハンナか?」


 吊り上がった目元、いやらしげに歪む口元。粗暴な雰囲気を隠さないこの男をハンナは知っていた。


「……イーサン」 

「化けたじゃねえか。いつもそういう格好してりゃあいいのに」


 イーサンはハンナの父親の弟の子ども、つまり従兄弟にあたる。幼少期から面識があるせいか、さすがにイーサンの目を誤魔化すことはできなかったようだ。


「ああ、最後の時間を楽しんでんのか」


 なにも言ってないにもかかわらず、イーサンは一人納得したように頷いた。


「可哀想になぁ。あれだけ金を搾取された挙句人でなしのところに売られるなんてよ」

「……」

「まあお前のおかげでオレも良い思いをさせてもらうことになるわけだけどよ。……ここだけの話、お前があの男と結婚するのが嫌っていうなら、オレが手引きしてその話無くしてやってもいいぜ?」

「は?」

「ただし、オレと結婚することが条件だけどな」


 イーサンの目に宿る下卑た欲に、ハンナは本気で吐き気がした。

 なにかを言いながらハンナの髪を触ってこようとするイーサンの手を避けようと身を捩った直後、ハンナの横から伸びてきた手がイーサンの手を勢いよく振り払った。


 気付いた時にはハンナの目の前には正しく鍛えられた逞しい背中があって、ハンナは安堵に顔をくしゃりと歪める。そして無意識にその背中に縋りついた。

 リアムはもう大丈夫だと言わんばかりに、片手でハンナの体に触れる。


「誰、お前?」


 リアムの睨みをものともせず、イーサンは興味深そうに片眉を上げた。


「お前こそハンナとどういう関係だ」

「従兄だ。親戚なんだから睨まないでほしいね」

「彼女を怯えさせるような人間を警戒するなと?」

「そうかよ。で、お前は?」

「ハンナの恋人だ」


 ここでハンナたちの関係を漏らしたリアムを咎めるつもりはない。

 でも失策だった。

 目の前の男が嘲笑する理由を与えてしまったのだから。


「クッ、クハハ! やるなぁ、ハンナ。こんな美形を捕まえて恋人にするなんて」


 もうすぐ結婚する身のくせに、という声なき声が聞こえた瞬間、ハンナの頭の中のスイッチが切り替わるのが分かった。


「──黙って」


 リアムの背中から出てきたハンナから発された、低く冷たい声。リアムは驚いたようにビクリと肩を揺らす。


「おお、怖。これ以上何も言わねぇよ」

「ついでに私たちの前から消えてちょうだい」

「はいはい。邪魔者はお暇しますよっと」


 イーサンはすんなりとハンナたちに背を向けて去って行った。

 イーサンがハンナの両親にハンナの現状を告げ口するかは分からないが、その時はその時だ。


 重たい沈黙が残る中、ハンナはリアムのほうを向いて頭を下げる。


「変なところを見せてごめんなさい。従兄なんだけど折り合いが悪くていつもあんな感じになっちゃうの」

「……そうか。その、すまない。関係を口外しないと約束していたのに、つい言ってしまった」

「仕方ないわよ。次から気を付けてもらえればいいから」

「……次」


 リアムは何かを言おうとして閉口した。

 深く聞いてこないことをいいことに、ハンナはにこりと笑う。


「そろそろ帰りましょうか」

「……一緒に帰るのはダメだよな?」

「ダメです。いつも言ってるでしょう」

「……分かった」


 帰りは別々。周囲にバレないようにするためにそうお願いしたのはハンナのはずなのに、肩を落とすリアムを見て今日ばかりは名残惜しく感じてしまう。

 ハンナの切なげな視線に気付いたリアムが息を呑んだ。そしてゆっくりとハンナに顔を近付けてくる。


「……あ」


 触れるだけのキス。


「……もう一度、してもいい?」


 真剣な視線を受けハンナは頰を染めた。そして小さく頷く。

 すると今度は勢いよく口を塞がれ、舌が入り込んできた。

 未知の感触に一瞬驚くも、ハンナは踵を上げてリアムの首に腕を回した。

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