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10:どうしてそう思ったの?

 

「家族に紹介……?」


 ハンナは顔を引き攣らす。

 家族に紹介するともなれば、結婚を本気で考えているということになる。

 リアムにとってハンナはあくまで遊びの相手のはずだ。家族に会わせてしまえば後に引けなくなる可能性はかなり高くなるというのに、彼は一体何を考えているのだろうか。


「……どうしてそう思ったの?」

「そろそろハンナを俺のものだって公言したくなった」


 リアムはハンナから離れると、真面目な顔でハンナを見つめる。


「今回の件で思ったんだ。ハンナに何かあっても、関係を公にしない限り俺は一番に君のもとに駆けつけることができない。でもハンナは城の者に知られるのは嫌なんだろう? それならせめて家族にだけでもと思って」


 リアムの言葉にハンナは息を呑んだ。

 確かに関係を公にしていない以上、リアムは大っぴらにハンナに会いにくることもできない。


 これが互いに思い合う本当の恋人であれば、彼の言葉に胸を打たれて頷いてしまっていたことだろう。

 でも勘違いしてはいけない。

 きっと家族に紹介する気があるというパフォーマンスをすることでリアムがハンナに本気であることを見せ、ハンナの気持ちを掴もうとしている、つまりこれは彼の作戦のうちの一つなのだ。


「そう言ってもらえて嬉しい。今は忙しいから難しいけど、またタイミングが会えばお会いしたいわ」


 リアムの意図を推察し動揺を抑えたハンナがそう言うと、リアムは心底嬉しそうに頰を緩ませた。

 いつものハンナならこの笑顔を見ても、上手な笑みだと軽く受け流せたことだろう。

 しかしこの時ばかりは鼻にツンとくるものがあった。

 ──そんなに愛おしそうな顔をしないで。悲しくなってしまうから。



「疲れているのに送ってくれてありがとう」

「俺が送りたくて送ってるんだ。今日はゆっくり休んでくれ」


 そう言ってリアムはハンナの頰にキスをした。


「おやすみ」


 優しいキスの余韻が消える前にハンナはリアムに見送られて家の中へ入る。

 扉を閉めた後、ハンナはおそるおそる自分の頰を手で押さえた。

 熱い。

 キスなんて何回もしてきたのに。ましてや口にされたわけでもないのに。どうして。


 ドクドクと逸る心臓を抑えようと深呼吸をする。

 リアムに振り回されてはいけないのに、と、目覚めた後から様子のおかしい自分を律する言葉を口にしようとしたその時、一通の手紙が郵便受けに入っていることに気付いた。


 手紙の送り主を理解した瞬間、先ほどの熱が一気に下がるのを感じた。

 一度目を瞑り、それから封筒の中身を取り出す。


「……」


 そこに書かれた文字を一通り読み終えると、ハンナは手紙を持っていた腕をぶらりと垂らした。

 力を入れる気にもならなかった。


 手紙は父親からだった。

 婚約期間が早まった。

 早急に仕事を辞め、相手の家に向かうように。

 そのような内容が書かれていた。


「早まった、か」


 いつかその時がやってくることは分かっていたはずなのに、どうしてこんなにも空虚に感じるのだろう。



 *



 その日の夜、ハンナはオーロラの元へ向かった。今日のあらましと、今後の身の振り方について報告するために。


「オーロラ様に申し上げます」


 灯りのともらない暗闇に満ちた寝室に、双方の瞳だけが光る。


「今月を以てお暇を頂戴したく」

「これはまた急な話ね。理由は?」


 オーロラは目を瞑り、その後に続くハンナの言葉を静かに聞いた。

 ハンナが話し終えた後、オーロラはしばらく沈黙を貫いた。そして仕方のなさそうに眉尻を垂らし「……分かったわ」と承諾の言葉を吐く。


 ハンナは寂しさを覚えつつ、自分の進むべき道が決まったと顔を引き締めたその矢先。


「貴女はそれでいいの?」


 ハンナの覚悟を揺るがす質問が投げられる。

 現在付き合っている恋人と別れることになるがいいのか、そう暗に尋ねてくるオーロラにハンナは言葉は無しに微笑んだ。


「……そう。寂しくなるわね」



 オーロラの寝室を出た後、廊下を歩いていたハンナは足を止めて夜空を見上げる。

 月は雲に隠れ、光はハンナを照らしてはくれなかった。


 リアムとの別れの時間が近付いていた。

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