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花の塔

作者: とある1192

 小さな草原がある。小高い丘が立っている。その上に咲くとても大きな一輪の花。

 多分ユリなのだろうが、尋常じゃなく大きい。人の背どころかそこらの木よりももっと大きいだろうが、なぜかその花の周りには木一本として生えておらず、比べることは叶わない。

 少しばかり頭をもたげると、大きく空に向けて開いた花弁がとても青空に映えていて、見る人をなんだか不思議な気持ちにさせる……とても一言では説明できない奇妙な花だった。

 ただ、どうしても一言で説明しようとしたら“花の塔”という言葉がぴったりだろう。


 ――――いや、そんな言葉世界にはないだろうケド。




 少女は傷心していた。なんてことのない至って普通のことだ。

 学校に行って、そこでとても嫌なことがあった。だから心が荒んでいる。

 同じ年頃の男女が一つの小さな建物の中に固まって皆で同じことをする。その中で一緒になれなかったり普通のことができなかったりすると、心に傷が刻まれる。別に誰かが傷つけた訳ではない。誰かが何もしなくても勝手に人は傷ついていく。

 真面目であればあるほど傷つきやすい。不思議なことに集団に貢献しようとする心持ちの少年少女ほど、貢献できなかった時の自責の念は大きい。貢献しようとしたという事実では満足できずに、結果を求めすぎてしまう。

 だから、そんな無能な自分を忘れたくて、無能な自分を誰にも見せたくなくて、この誰もいない草原に少女は来たのだろう。

 何故そんなことが分かるかというと、悩みを持った人間がここを訪れることは特段珍しいことではないからだ。

 彼女だけではない。世界中の少年少女がここに辿り着く。花粉を求めた蜂か蝶のように気づいたら“花の塔”に魅入られてこの場所にやってくるのだ。魔法のように、いや魔法だ。多感な青春時代にのみにその魔力を発揮する魔法なのだ。

 移ろい変わっていく世界に弾かれ、孤独になった少年少女は魔法を心の底から望んでいる。だから“花の塔”は草原にたった一輪咲いている。




 ――――はぁぁ……

 少女は俯きながら深いため息をついた。

 そのため息に反応したのかそれとも偶然か、ピクリと花の塔の花弁が動いた。

 動いたことに気付いて驚いた少女は目を見開き、思わず空を見上げた。

 その時、少女は気づいたのだ。空がこんなにも青かったということを。

 花の塔そっちのけで、青空の美しさに少女は一瞬で魅入られた。

 この草原に辿り着いたときはただの背景でしかなかったはずの空、けど今は自分をやさしくそして力強く抱いているように少女は思えた。

 地平線の彼方まで続いていく青空を仰ぎ見る少女。もっとその輝きを眼に取り込みたくて、少女は草むらに仰向けで寝転がることにした。

 そのままドサッと草むら寝転がる少女。

 そしてまた気づいた。大地がこんなに暖かったことを。

 電気とも火とも違う温もりを草むらは宿していた。太陽が照らし続けたからだ。少女には何故かがんばれと自分の背中を押しているように思えた。

 風が吹く。小鳥がさえずる。草花は不規則に揺れ、太陽は地平の果てまでも照らした。

 そんなことの重なりが、少女にとっては限りなくうれしかった。無償の愛を自然からもらえている気がした。

 もう一度少女は花の塔に意識を戻す。花の塔は変わらずに小高い丘の上に屹立していた。もはやそれすらも少女にとっては励ましだった。

 少女は確かに大地に手足を突いて立ち上がる。

 ――ありがとう

 そう彼女は花の塔に告げて、背を向けた。きっともう二度とここに帰ってくることはないだろう。少女は十分に励ましをもらったから。

 すると、花の塔は僅かかもしれないがムクムクと動いた。ただでさえ大きかった花弁がさらに大きく開いた……ように感じられた。


 少女が去ってからしばらくもしない内に、今度は少年がやってきた。彼もまた心に傷を負っていた。


 この世界から心に傷を負った少年少女が消えない限り、花の塔が枯れることはない。彼らの負の感情を糧として花の塔は咲いているからだ。彼らがその気持ちを花の塔にぶつけ、代わりに花の塔は彼らを励ます。奇妙な共生関係はこれからも続いていく。

 果たして少年はどれほど大きな負の感情を花の塔にぶつけるのだろうか……

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