5. ファーストキス
あれから集落に戻されたロザンナは暫く安静にと言われ、2週間ほど大人しく自分の部屋で窓を眺めていた。
暇を持て余していると屋敷での出来事を思い出す。
幼い頃から姉と比べられ、妹が生まれれば妹と比べられ。
お前は全てに劣っているのだからせめて家のために役に立てと言い聞かされてきたようだ。
私にとってあまり興味のない内容だったが、両親にそんな事を言われて育ったからだろうか。
転生前から冷たい人だとよく言われていたが、躊躇なく左目をくり抜こうとするほど辛い経験はしていないはずなのにあれほど冷静沈着に行動できた。
少なからず元ロザンナの性格を受け継いでいるということか。
山賊に襲われるようなこの世界では彼女の強さは武器になるが、今回のように少し考え無しに行動するのは改めるべきだ。
そもそも何故、出ていこうと思ったのか。
確かにこの集落が女性を入れない掟があるのは理解している。
それでもこの一ヶ月で違和感なく過ごせるほど信頼関係が作れていたはず。
なら何故…。
そうか、これを失うのが怖いのだ。
大切なモノが出来れば、いつか失うその日を怯えながら過ごさなければならない。
いっそ自ら手放した方が楽だとそう思ったのか。
自分の事ながら心の声に傾けていなかったことが、考え無しに動いてしまった原因だと反省していると声を掛けられた。
「…痛むか。」
「動かしたら少し痛む程度だよ。助けてくれてありがとう。」
「…そんなに俺の嫁になるのが嫌かよ。」
「え?」
「ギルバートの嫁にならなるのか。」
「あれって本気なの?冗談だと受け止めてたけど。」
「俺ぁ頭領だ。冗談は言わねえ。」
「死んだことになってる元伯爵令嬢だよ?何の役にも立てない。もっと良い人が居ると思う。」
「良い奴だぁ?お前、俺が善良に見えてんのか。」
「私から見れば善良な心の持ち主だね。」
「そんな事言うのはお前くらいだぜ。」
「頭領が善良なら一般人は仏の心っすね。」
窓から顔を入れたグレッグはそう言うとケラケラと笑いながら去っていった。
山賊の彼らはもっと怖いものだと思っていたが、一緒に過ごせば過ごすほど情の厚い者達の集まりだというのがよくわかる。
ヴィルヘルムが話していた通り、帝国の兵士によって家族を失った者達ばかりのようで、兵士長が来た時。
皆が皆、怖いくらい敵意を向けていたことに納得した。
押し黙っている彼女にヴィルヘルムが何を思ったのか。
小さく溜め息をこぼした。
「…すぐに決めろとは言わねえ。だが、考えてくれ。」
「うん。」
「…それと、勝手に逃げんじゃねえ。見つけるのは簡単だが、オークは凶暴だからな。少し遅れたら喰われてた。」
「あれがオークなんだね。」
「知らなかったのか…?」
「名前くらいは知ってたけど、見るのは初めて。」
死んでいたかもしれないというのに怖がるわけでもなく、もっとよく観察しておけばよかったと零す彼女はやはり普通の令嬢ではない。
そうじゃなければ俺が興味持つはずもないかと頷きながらロザンナを眺める。
窓の外に新たなる暇潰しを見つけたようで楽しげにしていた。
「楽しそうだな。」
「アイヴィーとバートが弓の練習してるみたいでね。その矢がグレッグのハンモックに刺さって怒られてる。」
「全然成長してねえな。」
そんな事を話しているとと窓から入ってきた矢はロザンナに向かって飛んできたが、すごい速さだったのにも関わらず簡単に手で掴むと何事もなかったかのようにポイっと外へと投げ捨てる。
「格好いい。」
「あ゛?」
「いや、なんかあまりにもスマートな動きだったからつい。」
「…ッチ。」
舌打ちをしながら近付いてきたヴィルヘルムはベッドに片手を付くと反対の手でそっと彼女の頬に触れ、そのまま唇を落とした。
ふっくらとした感覚とともに感じる満足感にニヤリと口元に笑みを浮かべる。
「…ファーストキスなのに。」
「俺が相手で良かっただろ。」
「頭領!オークの群れが下の村に出たって。ガキが宝が入ってるとかいう箱持って助け求めに来てるっすよ。」
「宝の箱だぁ?どうせ川に落ちてた光る石だろ。あんなもん一銭にもならねえ。」
「だったら!!この石なら…。」
「クォーツか。オークから助けるには足りねえな。」
「っ。」
「ならこれはどうかな。」
ロザンナは首から下げていた金のネックレスを外して手渡した。
中心にはルビーがあしらわれ、高価なものだ。
「お前には関係ねえだろ。」
「そんな事、ヴィルに言われる筋合いないよ。動く理由がほしいならこれで十分でしょ。」
そう言って目を細めた彼女は少し棘がある。
ネックレスを受け取ったまま動きを止めていたヴィルヘルムに薬草を取りに外へ出ていたギルバートが咳払いをすれば、我に返ったようだ。
「…こんなもん無くてもお前が願うなら行ってやる。」
彼女にネックレスを返すと剣を手に取り歩き出した。
それに続くように数十人の男達が門をくぐっていく。
「姉ちゃん、頭領の彼女?それとも奥さんってやつ?」
「どちらでもないよ。」
「えー?頭領のあんな顔、初めて見た。姉ちゃんのこと本当に好きなんだな!」
子供は無邪気に笑いながらヴィルヘルム達を追いかけていった。
特別視されているのは何となくわかっていたが、周りから見てもそうなのか。
私の願いならという言葉に少しキュンとしてしまったのは気の所為だと思い込み、オークの群れが襲っているという村に向かうべく歩き出す。
「ロザンナ、何処に行こうとしているの?まだ動くには早いよ。」
「大丈夫。それに私がオーク退治を頼んだから、彼らの戦いを見届けたいと思って。」
「あまり気持ちのいいものじゃないし、見たら後悔するかもよ。」
「そうだね。」
ロザンナは彼の言葉に肯定しつつも行かないという選択肢はないようで、まだ痛む足を庇いながらゆっくり歩みを進めていった。
こうなったら彼女を止めても無駄かと諦め、その後ろ姿を見守るのだった。