4. 掟
あれから一ヶ月。
平和な日々を過ごしていた。
料理上手のロザンナは男所帯故に焼くだけという調理方法のみだった彼らの胃袋を掴むには十分過ぎるほどで。
既に無くてはならない存在として扱われている。
「ロザンナ、これ料理に使えるか?」
「使えるよ。今日の夕飯に早速使うね。ありがとう。」
「この前欲しがってたオリーブ油、手に入ったぞ!」
「え、本当に?税関が厳しいから手に入れるの大変だって聞いたのに…もしかして無理してたり…。」
「へ!あんな奴らザコもザコだ。オレにかかりゃ余裕だっての。」
「そっか、ありがとう!」
彼女の笑顔に照れた表情を見せながら頭を掻く彼等に椅子に腰掛けながら見ていたヴィルヘルムは苛立ちを隠せないようで、貧乏揺すりをしながら殺気を向けているが、彼女は全く気付いていないようだ。
「あれ?アイヴィー何処行ったんだろ。川で野菜洗ってるのかな。」
元専属メイドである彼女の姿が見えず、探すために川へと向かえば、後ろにヴィルヘルムの気配を感じる。
あんなゴツい見た目なのに心配性で怒っていても必ずついてくる彼。
頭領はすごいなぁと感心しているとアイヴィーの姿が見え、上の服を脱ごうといるのが伺えた。
未婚女性の身体をヴィルヘルムに見られては可哀想だと彼へと振り返る。
「女性の水浴びを覗き見したらダメだよ。」
「あ゛?何処に女がいる。」
「アイヴィーがいるでしょ。」
「お前…あいつが男だって知らないのか?」
「…え?」
「見てみろよ。」
彼の言葉に振り返ることなど出来るはずがない。
いくら社会人経験がある転生者とはいえ、自ら男性の身体を見るのは憚られるとそのまま集落へと戻ろうとしたが騒がしくしたことでアイヴィーが気づいたようだ。
「ロザンナ様…もしかして見てしまいましたか?」
「わ、私は何も見てないよ。」
「すみません、もっと早くに告白するべきでした。実は僕、男なんです。」
「女装の趣味でもあるのか。」
「ち、違いますよ!旦那様からどちらかが専属メイド役をしなければ疑われると言われて仕方なくです。」
「その割にはずっとメイド服着てたじゃねえか。」
「…嘘ついていたのがばれてロザンナ様に嫌われたらと思って。」
「嫌うわけないよ。逆に気を使わせてごめんね。これからは好きな格好で大丈夫だから。」
「本当ですか!なら早速!」
アイヴィーは満面の笑みを浮かべると山賊達が着用している毛皮で出来た左胸だけ見える独特なスタイルの服と黒いスラックスに身を包んでいく。
メイド服姿の時は気づかなかったが、実は筋肉質なようで今まで女性だと感じていたのが嘘のようだ。
「これ、グレッグさんから頂いたんです!今頃バートも着てるんじゃないかな。」
嬉しそうに話す彼に釣られるように彼女も笑みを浮かべた。
あれから集落に戻り、いつも通り皆へ夕飯を振る舞ってから割り当てられた小さな建物の一つに入っていく。
着替えを済ませ、窓から見える満天の星空を眺めながらこれからどうするか考えていた。
この一ヶ月でアイヴィーとバートはここでの生活に慣れ、周りから信頼されるようになったようで狩りにも同行している。
アイヴィーも男性とわかったこともあり、この集落の掟違反にならないだろう。
後は私がこの集落を出れば、全て解決だ。
スティーグが帰ってからも特に異変がないことを考えると私が山賊によって命を落としたという筋書きに納得してくれたということで。
彼らが寝静まった頃に集落を出るべく予め準備しておいた革袋をベッドの下に隠し寝たフリをすれば、いつものようにヴィルヘルムが異常が無いか確認しに来たのが見える。
最初は戸惑っていたが、頬に大きな手を当てられるのにも慣れ驚くこともなくなった。
しばらくすると建物から出ていったのを確認してから行動を開始する。
革袋を腰にかけ、裏口にある窓からそっと出ると何度もシュミレーションしていた通りに見張りを避けて移動していく。
川のある裏側は比較的見張りは少ない。
それだけ足元が悪いのだが、最善策だと歩みを進めていった。
1時間ほど経った頃。
疲れ始めた足で苔生した岩に乗ったのが不味かったのだろう。
足を滑らせ、1メートルほどの高さから地面に叩きつけられた。
あまりの痛みに暫く動くことが出来ず、その場で逃がすべくじっとしていたが引かない脂汗に違和感を覚え視線を足元に向けると見たことを後悔する。
折れた木の先が太腿を貫通していたのだ。
赤黒い血が溢れ出しているようで、これが脂汗の原因だとすぐに理解した。
どうしようかと考えていると獣の唸り声が聞こえ始める。
出会ったことはないが、動物か何かいるのだろうか。
出血している状況って結構危険かもと頭の片隅によぎったのと同時に視線の先に見えたそれに目を見開いた。
人間のように二足歩行をしているが、猪を思わせる顔立ち。
涎を垂らしてこちらに近づいてくるのを見ると私を食べる気らしい。
抵抗する術はあまり多くないが、簡単に食われてやるつもりはないと革袋からナイフを取り出して構える。
牙を向けたままこちらへと走ってくるのを見据えているといきなり上から降りてきた何かによってその生き物が地面に叩きつけられた。
頭に刺さった剣を抜きながらゆらりと立ち上がったのはヴィルヘルムで、今まで見たことがないほど怖い表情をしている。
普段あまり反応を示さないロザンナですら声を掛けることを躊躇してしまう程だ。
足へと視線を向け、大量の出血を見ると大きな舌打ちをしてから彼女へと近付いていく。
「…痛むぞ。」
そういうのと同時に刺さっていた木を無理矢理引き抜かれた。
どろりと血が溢れるのと同時に意識が遠のいていく感覚。
また彼に迷惑を掛けたのかと反省しつつこのまま意識を失いたくないと傷口周辺を抑えることで無理矢理留めるとヴィルヘルムから驚いた表情が見える。
「おい、何やってる!」
「迷惑…かけるつもりは…。」
「無理に話すな。出血が酷い。ギルバート、すぐに診ろ。」
「人遣い荒い…ってこれどういう状況!?すぐにでも手当しないと彼女、失血死するよ。」
「ッチ。」
「とりあえず応急処置はしたけど…よく意識保っていられたね。」
「…ごめんなさい。」
「やけに素直じゃねえか。どういうつもりだあ?」
「そろそろ潮時かと思って…。」
「潮時?」
「あぁ、最初に言っていた一ヶ月だけここに居るって話のことかな。」
「…兵士長が現れてから今まで…変わったことは起きてないでしょ。それなら今の私は掟を破り続ける不要な存在。また誰かの邪魔者で居るの…嫌だから。」
「…誰が邪魔だと言った。」
「?」
「あの時、俺の嫁にすると言ったはずだ。俺の嫁なら掟は関係ねえ。」
「それ以前に君はもう集落でなくてはならない存在だよ。急に居なくなれば総出で探すことになるだろう。そしたらどうなると思う?実はロザンナは生きていたと気づかれる。まさかそれを狙ってる訳じゃないよね?」
「…そこまで考えてなかった。」
「ちゃんと考えようか。」
ニッコリと笑みを浮かべているギルバートだが、静かな怒りを感じ小さくなっていく。
無表情のヴィルヘルムに軽々と抱き上げられ、段差など関係ないと跳躍力だけで登っていくのだった。