1. 始まり
乙女ゲーム?
それ、何が面白いのなんて攻略対象の王子について興奮しながら語る妹に投げかけたのはつい先日のこと。
その時はまさか自分が事故に巻き込まれ、転生することになるなんて思ってもみなかったのだ。
私が転生した先はロザンナ・セルモンティという少女。
セルモンティ伯爵の三人娘の次女であり、乙女ゲームの主人公…ではなく。
その姉にあたる人物だ。
生前に妹から少し聞いただけの内容など殆ど覚えておらず、繰り返し聞かされていた主要人物だけ辛うじて覚えていたらしい。
明らかに面倒事に巻き込まれる主人公じゃなくてよかったと喜んだが、それがぬか喜びだったとすぐに気付かされた。
「お父様、お呼びですか。」
「ロザンナ。」
「?」
「お前の貰い手が決まった。」
「貰い手…?」
「王命で鬼神と呼ばれているスティーグ・バリエンフェルド兵士長が未来の夫になる。精々嫌われないように努力することだな。わかっていると思うが、相手は陛下から絶大な信頼を賜るお方。何をされても逆らうなんて真似をするんじゃないぞ。」
父である彼の言葉に、彼女の不遇が浮き彫りになっていく。
長女のシンディーは想い人であった公爵家へと嫁ぎ、両親にとって誇りといわれる存在で。
三女のイザベルはまだ幼いとはいえ乙女ゲームの主人公として最終的に自国の王子と結婚する。
それなのに次女の彼女は見知らぬ男性に嫁がされるのか。
確かに転生した時から両親の態度が明らかにおかしいとは感じでいたが、三十路を過ぎた私にとって干渉されないのは逆に楽だったため気にも留めていなかったのだ。
今回もこう言われているが、正直傷ついたりなんてするはずもなく。
女性が社会に進出できるような世界ではないため、結婚相手がいない=生きていく術がないことになるのだから仕方ないと諦めている。
社会人になって学んだことは周りに過度な期待をしないことで、最初から期待しなければ傷つくこともない。
そんなやり取りがあってから一週間。
荷物を纏められ、清々したとでもいうような表情で見送られたのは数日前の事だ。
山賊の出る物騒な場所を通ると言っていたが、護衛の兵士など付けられるはずもなく小さな馬車とそれを操る御者のバート、そして専属メイドのアイヴィーという3人のみでの旅となった。
今回初めて会う2人は必要なこと以外話すなときつく両親から言われているようで無言が続いている。
スマホがあればこの時間も有意義に過ごせるのだが、手持ち無沙汰だ。
本の1冊でも持ってこようと思っていたのに、予め準備された物以外の持ち出しを禁止されたため何も持ってくることができなかった。
小さくため息を零してから変わらない景色をぼーっと眺めていると天井にすごい衝撃を感じ馬車が急停車する。
周囲の騒がしさに視線を中に向けるのと同時に扉が壊され、銀髪に金色の瞳が印象的な大柄な男性が見えた。
「お前がセルモンティ伯爵の娘だな。」
「痛っ。」
いきなり腕を掴まれ、コーチから無理やり出されるとやっと状況を把握することができる。
バートは彼の仲間であろう男性によって地面に押さえつけられ、動くことすらできないような状態だ。
彼らの目的はロザンナか。
「何が目的?身代金なら期待しないほうがいいと思うけど。」
「身代金だ?そんなもの要らねえよ。お前にはここで死んでもらうんだからな。」
「なるほど。お金で雇われた殺し屋みたいな感じか。なら私以外は開放してよ。二人は関係ないでしょ。」
「立場がわかってんのか?」
「わかってて言ってる。」
「…お前本当にロザンナかよ?聞いた話じゃ、気の弱い女つー話しだぞ。」
気の弱い女。
その言葉で誰が彼らを雇ったのか理解する。
ほぼ軟禁状態だったロザンナが気の弱い性格だと思っているのは家族と屋敷に務めている者達だけだ。
そうか。
山賊が出るというのに護衛を付けなかったのはこうなることを見越していたから。
王命で兵士長に嫁がせるのはただの口実で、この機会を使って彼女に死んでもらうつもりだったらしい。
「…両親に殺し屋を雇われるとか、可哀そう…。」
「おまっ!なんで知って…!?」
「状況見れば普通に理解するでしょ。ちなみにさ、私を殺した証拠とか持って来いって言われてる?」
「あ゛?」
「首とか腕?それともこの綺麗な青い瞳とか?」
「と、頭領この女怖いっすよ…。」
今なら交渉可能かもしれないと悪い顔になったロザンナに恐怖で顔色を真っ青にしている。
ただの令嬢だからと命乞いでも想像していたのだろう。
「ねえ、何を持って来いって言われてるの?」
「どの部位でもいいと言われてるが…。」
「そっか。うーん、どこがいいかな。両手両足はないと困るし。なら、この左目と髪。貴方にあげるから、それで私を殺したって報告してもらえないかな。」
「はあ!?」
「ロザンナ様…何を言って…。」
「貴方達にとっても悪い話ではないはずでしょ。もし私を殺したことが兵士長にバレれば、打ち首にされる。でも本当は私を逃がすための口実なら情状酌量の余地があるよね。どう?」
「頭領!女にそんな度胸あるわけないっすよ!」
やいやいと聞こえてきた言葉に彼の腰元に刺してあった小刀を奪うとまずは腰にまで伸びていた髪を躊躇なく切れば、すっきりとしたショートヘアになったようだ。
地面に落ちたそれを見てまさか本当にやるとは思っていなかったようで、掴まれていた腕が緩んでいく。
左目をくり抜くなんてしたことがないため、片手ではどうも躊躇してしまう。
地面に座って一度深呼吸をしてから意を決して左目に小刀を差し込んでいったはずだったが、痛みはなく目の前で落ちる赤に頭領と呼ばれていた彼の掌が受け止めたのだと理解した。
「何してるの?」
「ッバカじゃねえのか!!お前何考えてやがる!!」
「何って交渉したでしょ。私の左目と髪を受け取る代わりに逃がすって。」
「まだ了承してねえっ。」
「あ、そうなの。なら了承してくれる?」
「…血の付いた髪だけで十分だ。瞳は要らん。」
「そう。」
彼の言葉で立ち上がると躊躇なく右手首を強めに切れば、思っていた以上に大量の血が髪へと落ちていくのが見える。
リストカットするとこれくらい出血するのだろうかと遠くで考えながら視線を向けていると右手を掴まれそのまま心臓より高くあげられた。
「だからっ!何勝手にやってんだよ!!」
「ん?血の付いた髪を準備しただけ。」
「頭領…。」
「グレッグ。これを依頼主に届けてこい。」
「うっす!」
「お前ら2人はどうするか。解放してもいいが、チクられても困るからな。」
「…報告なんてしませんよ。本来、ロザンナ様と一緒に殺されるために雇われたのですから。」
「それってどういう…。」
「両親が旦那様に多額の借金をしてまして…帳消しにするにはこの方法しかなかったんです。」
「私達ってことは二人は兄弟とか?」
「はい。バートと私は双子です。」
「僕たちの下にはまだ幼い兄弟たちがいますから…。」
「そうだったんだ。なら報告される心配はないし、二人を解放してあげて。私は疑われた時のためにしばらく貴方についていく。それならいいでしょう。」
「仕方ねえな。」
「こ、困ります!」
「え?」
「私達には行く当てはありません…。このまま解放されても餓死するだけです…。」
「そ、そうなるのか。なら私と一緒にしばらくは彼らに。」
「お前が決めんじゃねえよ。」
「そう…。断られるならいっその事ここで…。」
「わかったからナイフから手を放せ!お前本当に何なんだよ。」
「何も?ただせっかく自由になるチャンスを貰ったのだから最善を尽くさないとね。」
「…とりあえずここは目立つ。おい、バートといったか?」
「ひっ!」
「馬車連れてついてこい。」
彼らに案内されるまま向かった先は山頂付近にある集落で、筋骨隆々な男性ばかりが見える。
腕を掴まれたままだと歩きづらいと文句を言ってみたが、黙れと言われるだけで離してももらうことはできなかった。
バートとアイヴィーには馬車の荷物を片すよう指示してから奥にある大きな建物へと連れて行かれる。
「ギルバート!居ないのか。」
「頭領が来るなんて珍しい。怪我でもしたのかな。」
白のパーテーションから出てきたのは黒髪の男性で眼鏡を押し上げながら笑みを浮かべて近づいてきた。
「こいつの腕を見ろ。このままだと失血死する。」
「そこまで酷くないし、そっちの手を先に…。」
「どういう関係か気になるところだけど、二人ともそこの椅子に座ってくれる?」
ギルバートの指示に従って近くの椅子に座ると頭領と呼ばれる彼の掌に消毒液を掛けていく。
痛みに疎いのか、一切反応を見せず麻酔を打つこともなくそのまま縫い合わせるようだ。
流石に見ていて気分が良いものではないため、視線を別の場所へと動かしたが視界の端から黒くなっていく感覚に不思議に思っていると遠くから声が聞こえてくる。
反応しなければと思う反面、眠いと訴える身体に逆らうことなく目を閉じていった。
「…っおい!目、開けろっ。」
「頭領、落ち着いて。ただの貧血だよ。」
「…。」
「焦るなんて珍しい。彼女はそんなに大切な人なのかな。」
「っそんなんじゃねえ。この女、自分で左目差し出すとか言った上に本気で刺しやがった…。」
「それで邪魔したわけね。」
「…。」
「頭領にぴったりの女性だと思わない?」
「あ゛?」
「殺されるはずだった令嬢だろう?貰い受けたって何の問題もないじゃないか。」
「…女に興味ねえ。」
「そういうわりにずっと彼女の手を握ってる。素直じゃないんだから。」
「うっせえんだよ。早く治せ。」
「はいはい。傷口の縫合は終わったし、しばらく寝かせておけば目を覚ますよ。そうだなぁ、目を覚ました時に果物があるといいんだけど。」
ちらりと横目で見ながらそう言うと少し考えたような表情をしてから立ち上がり、何処かへと向かうようで歩き去っていく。
そんな彼を見送りながら青白い顔で眠るロザンナを見ながら楽し気に笑みを浮かべるのだった。