窓際の取り巻き達となまくらの剣
ポルケピでの生活も一月もすれば板について来る。行きつけの店が出来き、職場の仲間たちとも少しは打ち解けた。少なくとも初日の様な哀れな眼差しを向けられる事は無くなった。ヘーゲルさんは相変わらず騒がしい。ベルナーは相変わらずかりかりと小言を言うが、慣れれば大したことも無い。気がかりな事と言えば鏡に映る俺の顔が日に々やつれている事くらいだ。
資料の山にうんざりしながら小さな窓を眺める。向こうの空は青く澄んでいる。執務室は暗く澱んでいる。いつか拾った王冠や剣は部屋の隅で埃を被っている。
「最後に剣を握ったのはいつだっただろうか」徐に剣を拾い上げ構えてみる。「士官学校の頃を思い出すな」
その記憶は今からほんの五年ほど前のこと。俺は公国から国境を跨いですぐの帝国の片田舎にある士官学校に所属していた。そこは深い森の中にあり、公国や帝国の貴族や金持ちの碌でもない子女たちを立派な為政者に育てるための牢獄である。過酷な剣術、魔術の訓練に帝国思想を嫌になる程叩き込まれる。追い詰められた同期の中には肥溜めに身投げした者までいた。風気は乱れ異国の煙薬を持ち込み異臭騒になる事は日常だった。女子寮に忍び込んで豚小屋に吊されたエルフのヤンは元気だろうか。噂では王国の要職に就いたと聞くがホラ吹きヤンの異名があるから信用に欠ける。詐欺師にでもなっていて、いつかひょっこり出くわすかも知れない。その時は旧知の仲として親切に斬り捨ててやろうか。
「サボる余裕はあるのね」
懐古に浸り剣を一心に素振りする俺を邪魔するのは例の如くベルナーだ。よほど俺のことが信用できないのか定期的に覗きに来るのだ。
「その剣ダさ・・・・趣味悪いわね」
言い直してもなお棘のある言葉には感心する。
「わざわざ馬鹿にしに来たのか?暇なんだろ」
「そうねぇ。暇かもね」何か思案する様に歩み寄って来る彼女はふと人差し指を立てる。「貴方それでも騎士なのよね。お互い暇ついでに決闘でもしない?」珍しくご機嫌なしたり顔の彼女は俺の返事を待つ事なく「じゃあ決まりね。一時間後中庭で」そう言い残すといそいそと出ていった。
どういった魂胆かは知らないが、俺にとっては絶好の機会だ。女を痛ぶる趣味はないが決闘を申し込まれたからには相手が子供であっても逃げるわけには行かない。勝算に浮き足立っている様だが、地獄の士官学校時代に戦技で首席を取ったほどの才を知らない様だな。この一ヶ月の内に溜め込んだ鬱憤を晴らしてくれよう。決して俺の心が小さいという訳ではない。彼女の傲慢が招いた悲劇なのだ。己の実力もわきまえずこの公国騎士長マールベルク・フォン・バッセンハイムに喧嘩を売った哀れな女の因果なのだ。
決闘の腹ごしらえに食堂へ向かうとすっかり噂になっていた。平時は死んだような顔で飯を食っている奴らも今日に限っては上機嫌だ。蒸した芋と硬いパンを無愛想な皿に乗せ隅の席に陣取る。そうするとちらほらと俺の取り巻き達が集まって来る。
「代表、今日も幸薄そうな顔して。良いことでもあったんですか?」無精髭の男がのらりくらりと人混みを縫い、目の前の席に着く。
「エルマー。お前ほどじゃないさ」先ずやって来るのは決まってこいつだ。「今日はあの狼女と決闘するんだ」
彼は元帝国軍の事務方でそれなりの地位に就いていたそうだがつい最近東方戦線の補給任務の失態により此処に左遷されたそうだ。晴れて窓際族の一員になった彼だが、俺と違って人望は厚い様だ。俺とそう歳の変わらない官人達にやたらと慕われている。きっと何か裏があるのだろう。
「へぇ、ベルナー嬢と・・・」彼は苦い顔をする。
「兄貴、聞きましたよ」山盛りの昼食を抱えた小太りの男がエルマーを押し退けて席に着く。「姉御と喧嘩ですって?」
彼はフーゴ。ポルケピ帝国倉庫で武器の管理をしているはぐれ者だ。なぜポルケピの倉庫に武器が保管されているのかは知る所ではないが、帝国倉庫の隣に法国倉庫があり法国の陸軍大臣が帝国のお飾り代表の元へ媚びに来る事がその答えだろう。
「ベルナー様はヒュームの帝国で唯一此処までの地位に上り詰めた獣耳族ですから、甘く見ていてはいけませんよ」隣の席からボソボソと呟きが聞こえる。「お疲れ様です、バッセンハイム殿」そばかす顔の小柄なメガネ女はニヤリと笑う。
気配が無く全く気づかなかたが彼女はツェツィーリエ。財務部に所属するエリートだ。だが、奇妙な立ち居振る舞いが目立つ為に同僚からは避けられている。ベルナーに狂信的な視線を送る異常者だ。
「お前ら今日も暇そうだな。仕事してるのか?」
「代表程度にはしてますとも」
「兄貴よりは働いてますよ」
「バッセンハイム殿、私は休暇中なので働いてません。安心してください同類です」
散々な言い草のこの三人がポルケピ内で築き上げた俺の人望だ。心許ない人員でがあるが、昼飯の暇つぶしにはもってこいだ。
「三十分後には決闘だ。お前らに俺の勇姿を見せつけてやる」
そう意気込んだ俺は騎士長になった折に祝いで殿下に頂いたフルプレートを引っ張り出し、窓際連中の手を借りで決闘に相応しい様相に仕立てた俺は中庭に乗り出した。
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