類は友を呼ぶ。俺はそちら側では無い
春の陽気が心地良い季節。エウレ湖の水は未だ冷たい。穏やかな湖面に不穏な心持ちで浮かぶのは愉快な騎士マールベルク・フォン・バッセンハイムと愉快な傀儡師ローランド。二人はエウレ湖の中心で愛を叫んでいる。
「愛してる!!だから喰わないでくれぇ!」
「マー君!それじゃ伝わらないよ!もっと心の底から叫んで!」
俺は今、巨大な水獣に愛を叫んでいる。何故こんな事態になったのか。それは俺が一番知りたい事である。
現実逃避したい俺は原因究明のために記憶の海へ逃避することにした。
世間からは度々無能だと評される俺だが、曲がりなりにも騎士であるからそれなりの事は出来る。運動が出来ない訳では無いし、魔法だって少しは使える。そんな俺は沈みゆく他国の代表を助ける事だって朝飯前だ。俺を連れ回した礼に永久に湖底探索に勤しんで貰っても構わないが、ここで奴を助け恩を売っておくことは俺の有能さをあの女に知らしめるチャンスなのでは無いだろうか。「ベルナーさん。俺が居なきゃ国際問題待ったなしでしたね。俺のお陰ですよ?」なんて脅し文句で尻に敷いてやろう。そうとなれば奴が息絶えるまでに救出だ。完璧な計画に口角が上がりっぱなしの俺は目下の光景に絶句する。
聖水と称されるのも頷けるほど青く透き通った水は、光届かぬ湖底の闇をより深く染め上げていた。深く潜る程に畏怖が背筋を強く撫でる。俺の本能がこの先の展開はどう転んでも災難であると告げている。
『ローランドさん?いらっしゃいますか?』呼んで見つかるなら苦労は無いがそうも行かない。だがこうも暗いと探しようが無い。
「まーくん、ここだよ・・・」どこからかぶくぶくと俺を呼ぶ声がする。そう遠くないだろう。「まーくん・・・」しばらく声の出所を探ると瀕死の形相で浮かぶ彼を見つけた。丁寧に発光石をチラつかせ窮地を知らせている。どうやら岩場に引っ掛かって抜け出せないようだ。
よく見ると彼のベストが岩場に突き刺さった剣に掛かり、沈むことも浮き上がる事も許さなかった様だ。派手な装飾の剣は聖水戦争の遺品だろう。とても良いものだ。これは執務室の飾り剣に持ってこいの様相だ。よく見ると周囲には防具や装飾など複数ある。というより、この岩場自体がそれらの残骸の山になっているようだ。世界の水瓶の歴史に見入っている暇は無い。息がつづく内に目ぼしいものは持って帰ろう。そう決めた俺はローランドを留めるその剣と立派な王冠を拾って帰る事にした。
聖地や死地を荒らす愚か者には罰が当たると言うのは童話の定番である。その両方を備えたエウレ湖ともなればそれは想像に容易い。そんな説教くさい話は嫌いではなかったが、煌びやかな剣や冠は俺の本能が発する危険信号を打ち消した。
水面に顔を出した我々は一息つく暇もなく災難を目の前にする事になる。
穏やかな水面が小刻みに揺れ、足元で巨大な何かがうごめく気配がする。静かに揺れる波は徐々に大きくなり、幾度となく我々を飲み込む。水中では濁水に視界を奪われ、気配の他に何者も確認できない。水面が落ち着いた折を見て一気に浮上する。一息ついて目を見開いた先には、巨大な化け物が長い首を伸ばしていた。
まさか剣を抜いたせいで封印が解かれ水獣が復活しただなんてそんな伝説物語じゃあるまいし・・・。
「リヴァイアさんだね」小脇で伸びていたローランドが語り出す。「リヴァイア。聖水が育んだ巨大水獣_____。聖水戦争時代に討伐されたって話だよ〜」
「そんな伝説聞いた事ないんだが」その類の話は子供の頃から好きで今でも書物などは時折収集する通である自負があるが、エウレ湖に関する伝説は一度も聞いた事がない。
「まあエルフの時代の話だし、禁書の文献だから知らなくて当然かも」
「禁書の内容を俺に話して良いのかよ」ともかく伝説級の生物ならいよいよ俺の責任である可能性が高くなってきた。
「あぁ・・・。とにかく、この話には___ 」バツの悪そうに話を変える彼は顔を背けたまま話を続ける。「要するに。愛を叫んで受け入れられれば生きて帰れるそうだよ」
「この化け物にプロポーズするのか?」こんな弩級の面倒ごとには関わりたく無いが、どうにか丸く収めなければ生きて帰ったとて命はないだろう。
「そう言うことになるね」
「それは成功しても負けなのでは無いか?」化け物に告白して振られれば餌になり、受け入れられれば伴侶になる?そのうえ面倒を持ち帰れば首が飛ぶと来た。どちらにせよ獣に喰われるのは確定事項の様だ・・・。
雑談も程々に水獣は雄叫びを上げる。再び波立つ湖面に急かされた俺は目先の生に飛びついた。
「愛してる!リヴァイアさん!愛している!!」告白に気づいた水獣は長い尾を俺の胴に巻き付け持ち上げる。「あ、愛して・・・・」学生時代に培った演劇のスキルを全てぶつけるのだ。帝国騎士学校演劇部草木役首席の俺なら必ずできる。それでも駄目なら拾ったこの剣で斬り捨ててくれよう。「湖の主リヴァイアよ!我が愛を受け入れたまえ!永遠の愛を此処に誓おう!」我ながら立派な演技だ。こんな情熱沸る告白を受けてなびかない女はいないだろう。
その言葉を受けた水獣は暫く俺の目をじっと見つめる。じりじりと顔を寄せて来る。そして俺の頬を細く長い舌で優しく撫でる。とてつも無く生臭い。
受け入れられたのだろうか・・・。しかし、胴を巻く尾は見るみる力を増して締め付ける。「ローランド、たすけ・・・」助けを求めて彼に目を遣るが引きつった笑みを浮かべるばかりで当てになりそうも無い。此処で人生を終える事になるとは・・・実に情けない。
水獣は甲高い声でひと鳴きした_____ 。俺の記憶は此処で途絶えている。
「おーい。生きてる?」薄情者の声がする。「マー君。きみの芋芝居のお陰で助かったよ」ローランドは未だに笑顔だがどこかげっそりしている。
聞き捨てならない台詞が聞こえた気がするが、どうやら生きて帰れた様だ。あれは夢だったのか。右手に握られた剣と頭にしっかりとはまった王冠が嫌な記憶を巡らせる。
「派手な冠に派手な剣。まるで物語の主人公だね」
「それは嫌味か?」
湖畔にずぶ濡れで寝そべる二人は暫く天を仰いだ。
後にローランドに聞いた話だが、リヴァイアに求婚して受け入れられた者は愛の呪縛なるもので縛られる。そして浮気をしようものなら泡となって消えると言う。とんでもない物に手を出してしまったのでは無いだろうか・・・。考えないようにしよう。