序章
ポルケピ。その単語から古の無敵要塞を連想するのは不可能だ。エルフの言葉かヒュームの言葉か。いずれにせよ古の言葉に違いない。何せ古の文献から来た名称なのだから。
無敵要塞といえば読んで字の如くではあるが、戦史では所有者が幾度も代わっているのでその所以は脚色によるものだろう。幾重にも突き出した稜堡に囲まれた巨大な城塞都市が当時の人々の目にそう映ったのだろうか。
それは世界有数の名勝でもあるエウレ湖の河口に隣接している。世界の水瓶と称されるこの場所は、霊峰アーデル山脈から流れ込む聖水を帝国に通ずるエーレン川と王国に通ずるアーレン川とに別つ。
ローゼン帝国、フレール王国、ダリア法国の三国に接する地にある為、古より世情の都合で数々の王朝や族の手を渡り歩いた。『聖水戦争』と銘打って各国諸侯が争い水源覇権を争った結果、湖が血に染まり溢れた死肉による疫病が世界を覆い、間抜けな教訓と終戦をもたらした話は笑えない。
そんな歴史の変遷は城壁に特徴をもたらした。西門には王国時代の絢爛な白石の面構え。東門には古代法国時代の強固なセメント。そして旧帝国時代に赤煉瓦に張り替えられた壮麗な北面。南面にはその長い歴史を物語る石壁が聳え立っている。そこに焼き付いた油や突き立てられたまま風化した剣は想像を掻き立てる。聖水戦争以後長らく呪われた地、死地として無法地帯だった場所も今では政の聖地となっている。聖地から死地へ、死地から聖地へ。皮肉なものだ。
昔話をする者に出会うのも稀有になった現在で、昔話は酒のアテにはならない。変化を求める世の中であれば尚更、過去の苦い話を好んで聞くものは居ない。根拠の無い希望や幻想が喧騒となるばかりだ。しかし、呪われた地に希望を持て余した人々が集う。それが意味する所は明白なのだ。
獣は飼われようとも獣であり、飼う者も獣であるとすれば道理などある筈もない。
船乗りは嵐の前の静けさを知っている。戦士もまた戦の前の静けさを知っている。カラスが死地を嗅ぎつけた時にはもう遅いのだ。