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恋をしたら死ぬ運命

 ある冬の昼下り、俺は駅前のカフェで独りカフェオレを啜っていた。今日は特に冷えが厳しかったのか、店内は暖を取る目的の客達で賑わっていた。


 店員と客達が創り出す喧騒に半ば身を委ねながら、俺は意図的に呆けていた。だが、時折口にするカフェオレの苦さに意識が現実に戻される。


 カフェインと珈琲が苦手な癖に、俺はいつもカフェではこれを注文していた。俺はカップの中をため息混じりに覗く。


 カップ内の端にけなげにしがみつく茶色い泡を一瞥すると、今日は外れだと俺は再び重い息を吐く。苦手なカフェオレも、不思議と何故か旨く飲める日もあるのだ。


 その日の気分や体調が関係しているのか分からないが、ともかく今日は美味しくは感じなかった。視線を窓ガラス越しの外に向けると、若い男がギターを弾きながら歌っていた。


 男の歌声は、店内の騒々しさに対抗するかのように俺の耳に微かに聞こえてきた。



〈 僕は六畳一間の狭いキッチンに立ち鍋を見つめている


 何故かって? もうすぐ君が仕事から帰ってくるから


 疲れている君に熱々の料理を食べさせてあげたいんだ


 帰宅した君は疲れた顔をしていた いつもの事さ


 頑張りすぎる君は人よりも余計な物を抱えすぎるから


 僕は君の手を取り腰に手を添える 


 僕らは危なっかしいステップを刻み始める


 この狭いキッチンが僕らのスーテジさ


 僕らの情熱と想いを披露しよう


 どんなダンスの達人も 僕らには敵わないさ


 だってこれは僕達だけが踊れるダンスだから


 君は弱々しく笑い吹き出した 僕は構わずステップの速度を上げるんだ


 ちょっとそこの角は気をつけて つま先だけは冷蔵庫にぶつけないでね


 この狭いキッチンが僕らのスーテジさ


 人生の悲哀を肥しにしてタフに行こう


 今日を頑張った君にはきっとご褒美があるよ


 僕は指を指し 僕と君は同時に鍋を見つめる 


 そこには今日の僕らのディナーが出来上がっているよ


 今日は君の好きなビーフシチューさ  〉



 ······歌う男の周囲には制服を着た女子が数人立っていた。その彼等の背後には、装飾された大きなクリスマスツリーが何色もの光を輝かせていた。


 十二月。クリスマス。イルミネーション。楽しそうに街を歩く男女。この季節の視界に入る風景の全てが、俺の頭の中にある一つの文字を連想させた。


 だが、その文字は俺にとっては忌避すべき物であり、決して許容してはならない禁句だった。


 そう。俺は『恋愛』をしてはならない人間なのだ。何故なら、俺が恋をした時はそれが俺の命日となるからだ。


 誰かに恋をした時俺は死ぬ。俺は、そんな奇妙な運命を背負っていた。


「じゃあ私と真逆ね。私は失恋した時に死ぬの」


 恋人や家族達が浮き立つ聖夜が間近に迫った日。外は凍えるような寒さだった。あの時、君はカフェで冷たいジンジャエールを飲み干した後にそう呟いていた。 


 


 

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