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恋という名の死の予兆

 春が来た。大量の花粉をお土産にして、柔らかい陽光は万人に。そして平等にその恩恵を与えていた。


「海老フライ弁当と豚カツ弁当入りました」


 チェーンの弁当屋の厨房で、俺は注文を受けて調理を始めた。客からの要望を俺に伝えたレジ担当の女性は、俺の顔を見てにっこりと笑った。


 彼女の名は東峯栞とうみねしおり。最近この弁当屋で働き始めた新人だ。東峯栞は以前この弁当屋の常連客だった。


 毎日夜遅くに来店し、食べれれば味などどうでもいいと言わんばかりに適当に選んでいた。顔色も悪く、勤め先がブラック企業だという事は一目瞭然だった。


 ある日、ハンバーグ弁当の注文待ちをしていた東峯栞は、疲れ切った表情で待合イスに座っていた。


 俺はビニール袋に入った弁当を両手に持ち、彼女の前に立った。


「辞めませんか?」


「······え?」


 弁当屋の店員に突然奇異な質問をされた東峯栞は、当然過ぎる反応を見せた。


「今の仕事を辞めてうちで働きませんか? 給料は安くなりますが、少なくても寝る時間は確保できますよ」


 目の下にクマを作っていた東峰栞は、離職を勧めてくる俺の言葉に絶句していた。


 その一ヶ月後、東峰栞はうちの弁当屋で働くようになった。真面目で働き者の彼女は、直ぐに他の従業員達に受け入れられた。


「本当にびっくりですよ。貴方の事、絶対店長だと思いましたから」


 東峰栞はまるで詐欺に引っかかった被害者の様な表情で俺に抗議した。それはそうだろう。転職を勧めてきたのだから。


 だが俺は弁当屋のアルバイトの一人に過ぎなかったのだ。だが、彼女はその後に笑いながらこうも言った。


「······でも感謝してますよ。あのまま仕事を続けていたら、心も身体も壊れていましたから」


 東峰栞は血色の戻った健康的な笑顔で俺にそう感謝を述べてくれた。他人に転職を求めるなど、そもそも他人と関わらない以前の自分なら考えられなかった。


 あの少女が俺の前から去った後、俺は外で働くようになった。上手く説明は出来ないが、俺の中で何かが吹っ切れたのは確かだった。


 日に日にやつれながらこの弁当屋に来店する東峰栞を俺は自然と意識するようになり、心配するようになった。


 まさか俺の誘い通りこの弁当屋で働くとは思わなかったが、彼女の存在と笑顔は俺の心を温かくしてくれた。


 それは、俺の人生の終わりを警告するものだった。そう。俺は人生で初めて恋をしようとしていた。



 


 

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