82(完)
白猿・制天大聖は横目でちらりとキビキを見る。
「お戻りいただいて助かりました」
丁寧なお辞儀を寄越された白猿・制天大聖はにんまりと笑みを浮かべ、
「だろ? だよな! いやあ、俺って強えからなァ」
「本当に。手練のカイライも失った直後で、完全に人手不足でしたから」
「へへ、いいってことよ。ピンチには必ず駆けつけるって言っといたろ? 俺ァおめえらが気に入ってんだ」
「おそれいります」
「ま、あんな蝶々の百匹や千匹なら、ものの数にも入らねえ。俺ァ、もう鬼籍もねえし。現世だろうと冥界だろうと天界だろうと、どこへでも助けに行くぜ」
制天大聖はにやりと牙を剥いた。
「頼もしいです。今回で魔王とも敵対してしまいましたからね。いずれ本体とも相見えることになるでしょうが」
「あの散り散りになって逃げた蝶々どもを、全部ぶっとばしゃァいいんじゃねえのか?」
「あれはおそらく、魔王の仮の姿。支配下の堕天使たちを使役して形作っていた、ただの集合体です。本体は別の場所、おそらくは魔界の奥底にいるかと」
「強ぇのか?」
「ええ。普通の神では太刀打ちできないほどには」
「ま、神なんざ、せいぜいが仏の護衛役だからなァ」
「いえ、一口に神と言っても、様々な神がいますからね。現世に繋がりを持つ付喪神、式神、土地神、精霊神、守護神から、世界の構築と運営を担う主神・界神と呼ばれる〈柱〉の神々まで」
「仏なら菩薩クラス以上ってことか! あんな世界との彼我すら曖昧なやつらとまともに闘りあうなんてよぉ……」
制天大聖は天を仰ぎ、
「俺ァ、わくわくすっぞ」
にやりと嗤った。
「……なんにせよ」
キビキの瞳の紫色が濃くなっていく。
「どれほど強力な神であれ、邪悪な魔王であれ、我々の邪魔立てをするようなら、順次、退場していただくまでです」
「おっかねえなァ、おい。バケモンども相手に、やる気満々かよ」
言葉とは裏腹に、制天大聖は楽しげに足をぶらつかせる。
「ま、そこらの神程度なら任せとけ。半神のお転婆さんだけじゃ心細いとこだろうが……」
窓枠に腰掛けたまま、小指で耳をほじる制天大聖に、
「その軽口、二度と叩けないようにしてやるだわさ」
「ひさびさに、いっちょ闘るかァ?」
カップをソーサーに戻したブレイシルドが籠手のベルトを締め直せば、窓枠から飛び降りた制天大聖が壁に立てかけられた如意金箍棒を掴む。睨み合う両雄に、
「その辺にしておきましょう。そろそろ、ご用件をお聞きしなければ」
キビキが言った。
「用件だァ?」
「誰のだわさ?」
妙に息の合う制天大聖とブレイシルドに苦笑を浮かべつつ、
「もちろん、お客さまのです」
キビキが言った。
「ずいぶんお待たせしてしまい、申し訳ございません」
制天大聖とブレイシルドは揃って店のドアに顔を向ける。が、来客の気配はない。もちろん呼び鈴も鳴っていない。
「どこにいるんだ?」
制天大聖が問う。
「おや、気づきませんか? ずっと前から、そちらにいらっしゃいます。失った備忘録の複写をお持ちのようですので、お譲りいただこうかと思いまして」
応えを待つキビキ。静かに時間が流れる。
「ああ、失礼しました。お代は言い値で結構ですよ。気に入ったお品物があれば、そちらでも構いません。ただし、我々に関するすべての記憶を失われますが……」
店内を見回すブレイシルド。
「さっきから誰に話しかけてるだわさ。どこにも、誰もいないだわさ」
微笑んだキビキが、あなたに背後から囁きかける。
「ようこそ。質屋〈籠〉へ」
思い出深い品なのに、失くしてしまったり、いつの間にか無くなってしまったりした物って結構あるなあ。
と思い、書き始めた、質屋・籠の備忘録。
最初は1話だけ短編の予定だったのですが、あれやこれやとアイテムが頭の中に湧いてきて、長編となりました。
質屋・籠のお話はこれからも続きますが、こちらでまずは一区切り。
店主のキビキも、相変わらず得体が知れない奴ですが、またいずれ、一緒にお会いできればと思っています。
感想、ご評価いただければ励みになります。
最後までご愛読いただき有難うございました。
※「質屋・籠の回顧録」へ続きます。




