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居合わせた誰もがそれぞれに驚き、カウンターの上で鳴り続ける黒電話を見つめる。
「な、なんだ? なんで急に鳴ったんだ?」
桃井の言葉に、子分たちもうなずく。
「そ、そんなはずない」
和夫が指差したのは、黒電話から伸びたコードだった。銅線むき出しのその先端は、だらん、と宙に垂れ下がっている。それに気付いた美枝子は、
「ひっ」
悲鳴をあげた。
「なんなの? なんなの、これ? 線が繋がってないのに、どうして鳴るの!?」
半ばパニックになりながら言った。
「い、いや。そもそも電気さえ通ってないんだ。……鳴ること自体が、お、おかしいんだ」
和夫はおののきつつ、震える美枝子の肩を抱き寄せた。訳が分からず硬直する大人たちを尻目に、
「お電話ですよ」
キビキは平然と、鳴り続ける黒電話を両手で大切そうに持ち上げ、
「どうぞ」
「えっ……?」
戸惑う和夫の前に差し出した。
「てめえら、何の真似だ!」
桃井が声を荒げる。
「さっきから、なんの手品だ? ふざけたことしてやがると……」
「どうするの、だわさ」
桃井の耳元でブレイシルドがささやいた。
「……っ!」
悲鳴こそあげなかったものの、桃井は思わず後ずさってしまった。
「こ、この女っ……!」
子分たちの前で見せた失態。それを隠そうと殊更に怒声を上げてみて、驚いた。子分の二人は床に倒れ、口から泡を噴いている。それを無言で見下ろすブレイシルドは、自分の手刀を見つめ、
「ごめん、ちょっと力入れすぎただわさ。……死んでたら、ごめんだわさ」
悪戯っぽく舌を出した。
「てめえっ! 調子に乗ってんじゃねえぞっ!」
雄叫びをあげた桃井がブレイシルドに摑みかかる。首元をねじ上げようとして、驚く。びくともしない。怪力自慢のプライドに火がつき、さらに力を込めた、が。
「んしょっ、だわさ」
逆に桃井の襟首をつかんだブレイシルドが、小柄ではあるものの筋肉質で重い桃井の体を、片手一本で宙に浮かせた。驚きのあまり声も出ない桃井の首筋に、
「ていっ、だわさ」
ブレイシルドが空いた手で軽く手刀を振り下ろす。そのたった一撃で、桃井は子分たち同様、泡を噴いて卒倒した。
「おつかれさまでした。ブレイシルド」
「お易い御用。易すぎて準備運動にもならないだわさ」
その言葉通り、ブレイシルドは呼吸一つ乱さず、乱れた襟元を直している。
「……さて」
何事もなかったかのように、キビキは言う。
「それでは、田中様。外野がいなくなったところで……どうぞ」
「へ?」
呆然と問い返す和夫に、
「お電話です。あなたに」
キビキは再び言った。和夫はごくりと喉を鳴らしつつ、キビキが持つ黒電話の受話器を取り上げた。