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『了解だわさ』


 大剣ブレイシルドが応じると同時に駆け出すカイライ。不意に、片膝をついた燕姫が肩越しに振り返り、キビキを見据えた。


「……乗れ。まだ貴様を死なせるわけにはいかぬ」

「恐縮です」

「勘違いするな。鷹のためだ」

「承知しております」

「これで貸し借りなしだ」

「……貸し借り、ですか?」


 ちらりと大剣ブレイシルドを見つめる燕姫に、首をかしげるキビキ。


「なんでもない。急げ」

「それでは、失礼」


 燕姫はキビキを背に負うと、


「ゆくぞ。しっかりつかまれ」


 一息に上空、天高くへと飛び上がった。その眼下で駆けるカイライに、


『気合いいれるだわさっ』


 戦乙女の加護が与えられた。その身体中に力をみなぎらせたカイライは、膨張した腕一本で、軽々と大剣を掲げ、加速。


『おるあああっ!』


 ブレイシルドの雄叫びと共に放たれた正面斬りを、中央の頭〈再生〉が退いて躱す。無防備なカイライに、左右から〈保存〉と〈霊化〉が牙を剥く。

 刹那、天からの雷撃が〈再生〉を貫いた。放出された稲妻に明滅する〈再生〉を、


「おもしろい」


 空中から、燕姫に背負われたキビキが見下ろして言う。


「彼だけ、再生能力があるぶん、やや動きが粗いですね。器官としても三つの頭部はそれぞれ独立しているようです」

「だから、なんだ?」


 問う燕姫に、


「頭がそれぞれ性格が違うなら、そこに付け入る隙が生まれます」


 雷が止むと、電撃で舌の痺れた〈再生〉を除く左右の頭が咆吼し、地を蹴った。構えるカイライに向かって突進していく。

 大岩を砕いたような、重い激突音があがる。〈保存〉の頭突きを、大剣が盾となり防いだ音だ。防いだものの、あまりある重量差により勢いまでは殺せず、地を滑って押し込まれていくカイライ。倒れたら最後、その巨躯に轢き殺されてしまうだろう。


「鷹!」


 叫んだ燕姫が急降下、突き進むケルベロスと空中で並走する。


「いけません」


 キビキが言った。


「ただの雷撃ではいくら撃とうと埒があきません。あちらはブレイシルドに任せ、一撃に集中を」

「分かっておる! 鷹を助けにいくのではない! あれをやるには、準備が必要なのだ」


 そんな二人のやりとりに気づいた〈霊化〉が、疾走の勢いを減じぬまま燕姫に牙を剥いた。噛み合わせる顎門。すんでのところで避けた燕姫は急上昇し、後方に旋回しつつ加速。前進しつつも再接近の気配に気づいた〈霊化〉が肩越しに振り返り、再び牙を剥いた。が、わずかに遅い。口を開いた〈霊化〉の右頬に、燕姫の手にした簪の雷刃が突き刺さる。刺さりはしたものの、再び幽体化した〈霊化〉に痛痒はない。燕姫の手を離れた簪からは電気も消えてしまった。


「ひとつ」


 燕姫は呟くと同時に垂直に急旋回、今度は左右に引っ張られて身動きが取れない〈再生〉の首元に簪を突き刺す。


「ふたつ」


 急制動をかけ、空中で反転する燕姫。結い髪から両手で新たに簪を抜き取りつつ、ケルベロスの頭部の攻撃範囲から離脱、そのまま尻尾のほうへ流れていく。ケルベロスが駆け続けるなか、その尾は別の生き物のように独自に動く。まるで鎧をまとった大蛇だ。尾の先端が鎌首をもたげるごとくゆらゆらと蠢いた、かと思うと、高速で突き出された。すんでのところで身を翻す燕姫。切り裂かれた頬と肩口から血は流れない。


「みっつ、よっつ」


 尻尾と交錯の刹那、燕姫が回転しながら尻尾に二箇所、簪を突き刺していた。


「すばらしい」


 キビキが感嘆の声を上げた時、ケルベロスの龍尾が燕姫をかすめた。強者らしからぬ死角からの一撃。虚をつかれた燕姫は体勢を崩したものの、なんとか平衡を保つ。

 唐突に、復活した〈再生〉が唸った。急制動をかけ、ケルベロスが突進を止める。〈霊化〉は背後を振り返って飛行する燕姫を警戒、〈保存〉はカイライへ追撃の牙を向けたが、カイライはこの機を逃さず後方へ跳躍し、ケルベロスと距離を取った。が、着地と同時に膝をつく。


『かなり体力を削られただわさ』


 ブレイシルドがうなった。カイライと合流すべく回り込もうとした燕姫とキビキに、〈霊化〉と尻尾が左右から挟撃の構えを見せる。

 一方のカイライは大剣の切っ先を床に刺し、肩で息をしている。それを遠目にしたキビキが、


「ブレイシルド」


 指示を出した。


『はいだわさ』


 瞬時に人の姿に転身するブレイシルド。燃えるような長い髪を肩から払う。その姿を見た燕姫が、


「やはり、あの時の」


 小さく呟いた声は、ブレイシルドには届かない。


「硬いのはあたしが相手するから、あんたは真ん中の、そそっかしいのを頼むだわさ」


 籠手を打ち合わせ、身構えるブレイシルド。同時に、カイライの左右の掌が淡く光を帯びる。


「全部の加護をそこに集中させただわさ。防御はナシ。一発でももらったら致命傷だから、気をつけるだわさ」


 カイライは答えないまま、攻撃特化、猛虎の型を構える。

 燕姫はまだかろうじて結われている銀髪から簪を二本引き抜いた。結わえられていた豊かな銀髪が、残りの簪とともに滝のように流れ落ちる。落ちた一対の簪を拾い上げたキビキは、


「決着をつけましょう」


 スーツの襟を正した。

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