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「ぷはっ」


 焦げた息を吐いたブレイシルドは、眼を見開く燕姫に、


「あたしは剣の化身。金属に電気は効かないだわさ」


 胸を張ってみせた。


「こしゃくな!」


 燕姫は帯電した左右の手から電撃を連射した。その全てを防御もせずに前進しながら受け止めるブレイシルド。


「だから、効かないって言ってるだわさ」


 ブレイシルドは、ふふん、と笑うと、


「お嬢ちゃん。あんた強いけど、経験が足りないだわさ。戦いも、男も」


 ウインクされた燕姫の顔色がみるみる紅潮する。


「へえ」


 ブレイシルドが感嘆の声をあげた。


「あんた、そんなに生き生きして。まるで生き返ったみたいだわさ」

「ほざけ、この阿婆擦れがっ!」


 放電が激しさを増した。燕姫は逆立つ髪から左右の手で簪を一本ずつ抜き取ると、刃の露を払うように一振りした。周囲の雷がまるで生きているかのように簪に収束、稲妻の刃を形作る。ふわり、と浮遊した燕姫は空中で加速、その双刀をふりかぶり、ブレイシルドめがけて斬りつけた。

 轟く激突音。落雷と比肩する衝撃に後ずさるブレイシルド。その背後にキビキがいた。


「ちっ、これが狙いだわさ?」


 舌打ちするブレイシルドに、燕姫は凄惨な笑みを浮かべ、


「お前は無事でも、主人あるじはどうかな?」


 一対の雷刃を諸手で重ね、先端を天に突き上げた。燕姫の全身を覆う電撃が刃を伝い、みるみるうちに天を衝く巨大な電撃の大鉈へと変貌する。弾け飛ぶ火花の一つ一つが天翔ける稲妻だ。


「これで終わりだ!」


 燕姫が電撃の大鉈を振り下ろそうとした時、


「カイライ、前へ」


 キビキの指示に従い、カイライがブレイシルドの前へ進み出た。燕姫の憤怒が一瞬、失せる。


「貴様ら、卑怯だぞ!」


 憎々しげに叫んだ燕姫は、棒立ちの蛮鷹を悲しげに睨みつけると、集積した電気を霧散させた。


「だから経験が足りないって言ってるだわさ」


 にやりと笑うブレイシルド。


「勝負は戦いに勝てばいいってもんじゃない、目的を達成した方が勝ちだわさ」


 ぎり、と歯噛みする燕姫に、


「改めて、蛮鷹様の魂をお返しする場合のお代についてですが」


 再び何事もなかったかのように商談を始めるキビキ。


「貴様らを消し炭にして奪い取るまで」

「それでは蛮鷹様はお戻りになれません。正当な手順も踏んでおりませんので、カイライとしても機能しませんが、宜しいので?」


 燕姫は「ふん」と鼻で嗤うと、


「ここは冥界。貴様に逃げ場はない。貴様だけは……鷹を一度ならず二度までも虜囚にした貴様だけは、絶対に許さぬ。一瞬でも気を抜いたが最期、跡形もなく吹き飛ばしてくれるわ」


 改めて、双つの雷刃に稲妻を迸らせる燕姫に、


「ですから、我々がここで二人とも死ねば、蛮鷹様を元に戻すことは永遠にできなくなりますよ」

「ならば、殺さぬ。ただし、逃がさぬ。こちらは永遠でも構わないぞ」

「手を組みませんか?」

「なんだと?」


 ぎりっ、と歯を噛み合わせる燕姫に、


「私たちが無事に冥界から脱出できれば、蛮鷹様も助かります。カイライとなったままではありますが」

「愚かな。たとえ我らが手を組もうと、冥界は決して出られぬ。それゆえの冥界。入るのは易くとも、出ることはできん」

「そうでしょうか」

「当たり前だ。冥府の守護者ケルベロスは、誰にも倒せん」

「ですから、あなたの助力が必要なのです。神々に等しい八雷の力を持つ、あなたの力が」

「できるものか。わたくしが仕込女として狗美姫様に仕えていた間、どれだけの傑物があの爪に引き裂かれ、あの牙に噛み砕かれたと思っている! あれは世界のことわり。生死を隔てる、絶対者だ。討ち倒すことなどできるものか!」


 喚く燕姫に、


「やってみなくては分かりませんよ」


 キビキは涼しい顔で言った。


「馬鹿を言うな。時が決して戻らぬように、できないことはできないのだ!」

「そうとも限りませんよ。我々は死んでもいないのに冥界にいますし」

『そうそう。諦めるのは、ってからにするだわさ』

「その言葉……」


 燕姫が大剣ブレイシルドを見つめる。


「あなたまさか、あの時の……」


 燕姫の表情から鬼の形相がじわりと溶け落ちた、その時だった。


「見ぃぃぃつぅぅぅけぇぇぇたぁぁぁぞぉおおおおおっ!」


 築山のごとき仕込女の長が、上空から降ってきた。着地の衝撃で地面が割れ、爆風が巻き上がる。


「裏切り者の分際で、派手に暴れくさりおって! まとめて始末してくれるわっ!」


 もともと燕姫の倍はあった長の体が、その豪腕で肩に担いだ金棒と共にさらに倍に膨張している。


『デカ婆が、ドデカ婆に進化しただわさ』


 大剣ブレイシルドの軽口に、


「誰がドデカ婆じゃああぁっ!」


 激昂した長が金棒を振り回した。たった一振り、その風圧だけで、吹き飛ばされそうだ。直撃すれば跡形も残るまい。しかし、


「邪魔だてするなっ!」


 燕姫の全身から放たれた電撃が、巨躯の長を防御した金棒ごと吹き飛ばした。


「行け!」


 燕姫がキビキたちに言った。


「ここは、わたくしが食い止める。絶対に鷹を死なせるな!」


 重い足音を轟かせ向かい来る長に、両手を広げた燕姫が立ち塞がる。


「ここは通しません!」


「退けい、八雷! たとえ元同胞でも容赦はせんぞ!」


 金棒を上段に構える長と、全身から放電する燕姫。両雄が一歩を踏み出そうとした時、


「ストップ。そこまでよ」


 前触れもなく現れたのは、狗美姫だった。


「そいつらは全員、放免よ」


 一瞬、何を言われたのか分からない長が、呆けたように口を開け、ぶるぶるとその大きな頭を振った。


「し、しかし、狗美姫様! 」


 戸惑う長に、狗美姫は鋭い眼差しを向け、


「私の言うことが聞けないと?」

「い、いえ。滅相もございません。決して左様なことは……」


 巨躯を平伏させる長に、狗美姫は満足げに微笑みかけた。


「あなたには、いつも苦労をかけるわね」

「狗美姫様」


 大きな身体を恐悦に震わせる長。いつの間にか、キビキたちの姿は見えなくなっていた。


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