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質屋・籠の備忘録  作者: 甲乙イロハ
芳名録
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「わたくしは、大嫌いだっ!」


 燕姫が声を震わせて言う。


「な、なんだよ? もっといい指環が良かったか? じゃあ、捨ててくれたって構わねえ。いずれ、もっといいのを鍛造ってやるから……」


 戸惑い、言葉を探す蛮鷹に、


「わたくしはこの指環も、おまえのそういうところも大嫌いだと言ったのだ!」


 燕姫が金切り声をあげる。


「醜い姿を見られたくない女心を解そうともせず、自分の思いばかり押し付けるな! そもそも、わたくしは一国の王女であるぞ! 求婚にこのような不恰好な指環を差し出すとは、一体なにを考えておる! がさつで愚かな……この、痴れ者がっ!」


 蛮鷹の笑顔が凍った。そのまま表情が消えていく。


「……もう、還れ」


 吐き捨てた燕姫に、


「ごめんな」


 蛮鷹は呟いた。


「泣いておるのか?」


 怒りを含んだ声で、燕姫が言う。


「女々しいやつじゃ!」


 突き飛ばされた蛮鷹が尻餅をつく。たくましく隆起した肩が震えている。


「こんなものっ!」


 燕姫が指環を抜き取ろうとした時、


「ごめんな」


 かすれる声で蛮鷹が言った。


「俺がもっと利口で、もっと気が利いて、もっと強けりゃ、おまえにそんなことを言わせずに済んだんだ。俺が、弱くて、だめなばっかりに……」

「分かっておるなら、疾く去ね!」


 背を向ける燕姫。鋼鉄の指環を握り締めたまま歩みを進める。


「さよなら」


 ささやいた燕姫の姿が闇に溶けた。


「待てよっ」


 蛮鷹は慌てて立ち上がって駆け出した。完全な闇の中、


「燕! どこだ、燕っ!」


 焦ってあたりを見回す。手探りで発見灯のスイッチを入れた途端、その光が去りゆく燕姫の後ろ姿を照らし出した。


「待てっ!」


 追う蛮鷹。それに気づいた燕姫も速度を上げた。が、距離はすぐに縮まった。


「来ないで!」

「待てって!」


 蛮鷹に肩をつかまれた燕姫が振り返る。光に照らされたことで更に腐敗が進み、くずれ落ちた眼窩さえ見えるその顔は、生きるものが本能的に恐れる死そのものだ。


「なぜ、分からないの……?」


 その場に、膝から崩れ落ちる燕姫。


「ここは、あなたのいるべき場所じゃない。あなたはまだ生きている。わたくしなどに囚われず、生きて、自分の命を全うするべきなのに……どうして……」

「俺はっ!」


 蛮鷹は燕姫の言葉を遮って言った。


「俺はここにいたいんだ。このまま、ずっと。ずっとだ! おまえに嫌がられたって構わねえ。ただ一緒にいられさえすりゃあ……」

「分かってるの? それは命の終わり、死を意味するのですよ?」

「それがどうした。おまえと一緒なら、生きていようが死んでいようが、どうだっていい!」

「わたくしは幸せになってほしいの! あなたにっ!」

「だから俺の幸せは、おまえと一緒にいることなんだよ!」

「ああ」


 天を仰ぐ燕姫。


「どうして、こんなことに……」


 声を震わせ、両手で顔を覆う。


「おまえがどんなに逃げたって、俺はどこまでも探しに行くからなっ!」


 その言葉に、燕姫の耳がぴくりと動く。


(……そうよ。おかしいわ)


 どう考えても変だ。この広い、無限に広がる冥界で、容易く、二度に渡り自分を見つけ出せるはずがないのだ。普通なら。

 指の隙間から視線を巡らせる。と、蛮鷹が手にした筒状の道具がぼんやりと妖力を放っているのに気づいた。


「なんですか、それは?」


 嫌な予感。燕姫の声に含まれた緊張に、蛮鷹は気付かない。


「ああ、これか。手に入れたんだ。おまえを見つけるためにな。すごいだろ。見つけたいもののところまで、どこまでも連れてってくれるんだ」

「もしや、それは……」

「ああ。あの質屋に譲ってもらった」

「まさか、あなた。また自分の魂と引き換えに?」

「そうだ。それがどうしたんだ?」

「どうしたじゃない!」


 燕姫が蛮鷹につかみかかった。細腕に見合わぬ膂力で蛮鷹を押し倒し、馬乗りになる。


「せっかく苦労して取り戻した魂を、そんなもののために!」

「そんなものって、なんだよ」


 むっとする蛮鷹。


発見灯こいつのおかげで、またおまえと会えたんだぞ」

「ああ、もう! あなたは本当に!」


 燕姫が蛮鷹の顔面を両手ではさみこんだ。


「とにかく、さっさとあいつにそれを返してきなさい!」

「いやだ! おまえを見つけられなくなっちまう!」

「返すのです!」


 もみあい、二人で転げ回る。


「それを渡しなさいっ」

「だめだっ!」


 何度目かの攻防の後、蛮鷹が持ち替えようとした発見灯を、奪わんとする燕姫の指先が突き飛ばした。回転しながら宙を舞い、落下した発見灯は、地面にぶつかった衝撃でプラスチックの躯体が砕けた。

 あ、と二人が声を揃える。

 散乱した細かな部品。プラスチックやガラスのかけら。構造がわからない燕姫にも、それが壊れてしまったことは理解できる。

 おそるおそる蛮鷹をみつめる。


「立ちなさい」


 唐突に響いたキビキの声に従い、蛮鷹は立ち上がった。死者たる燕姫より生気のない、人形のような面差し。


「まさか……」


 身を起こした燕姫の眼前に、質屋〈籠〉があらわれていた。開いた扉の向こう側に、いつもと同じスーツ姿のキビキが立っている。


「未払い品の損壊を確認しました」


 慇懃に言うキビキ。


「よって契約に基づき、蛮鷹様の魂を対価として回収いたしました」

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