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雑居ビルの屋上のテラス。真夏にはバーがビアガーデンを開くらしい。エレベーターを出て左右、中型トラック2台分ほどには屋根があり、どっしりしたアイラウンドカウンターが鎮座している。ビールサーバーやコンロなどが置かれるのだろう。
「ちょっと寒いね。体、大丈夫?」
壁に立てかけてあったパイプ椅子をワンセット組み立てながら、早希が言った。
「大丈夫。ありがとう」
少し膨らんだお腹に手を添えながら、千恵が座る。
「いま、何ヶ月だっけ?」
「もうすぐ四ヶ月。ずっと、つわりが酷くてさ。真由子のケーキ、もっと食べたかったなあ」
「そっか。気の利いたこと言えないけど、がんばって」
「うん、ありがと」
ふう。千恵は呼吸を整えてから、
「さっきの須藤の話だけど」
「やめてよ、あんなのウソ、ウソ。あんな噂広めて、ほんと何がしたかっんだろ」
腕を組み憮然とする早希に、
「信じていいの? 前に純也にも聞いたことあるんだけど、分からないって。噂が広がったのも、別れてから何ヶ月か経ってたし、卒業もして、早希に直接聞けてないからって」
「勘弁してよ。須藤の言うことなんか信じないでよ」
笑う早希を、千恵はじっと見つめる。
「……うん、分かった。サキを信じる」
「当たり前じゃん。もしあの頃に赤ちゃんできてたら、さすがにチエには相談するよ」
「そうだよね」
うなずき、微笑む千恵。
「そうだ、これ」
千恵は持っていた紙袋から花束を取り出した。オレンジ色の薔薇が五本、コンパクトにまとめられたミニブーケ。
「わたしのと同じ?」
「そ。もらった時、びっくりしちゃった」
互いに涙でにじむ顔を見合わせ、笑い合う。オレンジ色の薔薇の花言葉は絆。薔薇が五本で、あなたに会えて、本当に良かった、という意味になるそうだ。
その時、火災報知器がけたたましく鳴り響いた。




