表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/82

61

 質屋の少年の言葉通り、店を出ると目的地のカフェCoCoonは目の前だった。

 アンティーク調のドアには「本日貸切」の札が提げられ、イーゼルに載せられた黒板には、チョークで相合傘と西野純也、そして千恵の名前が描き込まれている。

「あ、サキ!」

 遠目から手を振ってきたのは、クラスメイトの真由子だ。都会まちでお菓子づくりの勉強をして、地元に戻って開いたカフェ。照明は最低限を残して全て落とされている。後片付けをしているようだ。

「ごめんね、遅くなっちゃって」

「連絡もらってたから。サキの分、ちゃんと残してあるよ」

「ひっさびさだわ! ケーキバイキング!」

「高校生の頃は、三人で行ったわよね」

「そうそう。夜ご飯が食べられないぐらい詰め込んだっけ」

「サキはチョコ系が好きだったよね。チエはフルーツ系で」

「マユはがっつり系!」

「そりゃそうよ。まず元を取らなくちゃ! さあ、どうぞ」

 笑い合いながら、ドアを開けた真由子に促され、店に入る。店内中央の四角いテーブル二台に、椅子が十六脚。スポットライトのように明るく照らされている。

「すぐ用意するね。いっぱい食べて、元取ってよね」

 大皿を抱えてキッチンへ向かう真由子に、

「みんなは?」

 尋ねた早希に、真由子は肩越しに振り返って微笑んだ。

「みんな、三次会だって言って、カラオケ行ってるよ。ここの四階。帰った人もいるけど。三階のバーにも何人か行ったかな。二階は会員制のスナックだから、さすがに誰も行ってないと思う」

「……チエは?」

 心配そうな早希に、真由子は吹き出した。

「なに言ってるの。そりゃもちろん居るわよ。西野も一緒にね。あと残ってるのはエリと櫻井と持田、小島に山田夫妻。須藤と……」

「須藤?」

「うん。あとは渡辺とアヤ、岡村と……あと、巧も」

「そうだ。マユこそ、桂木とどうなのよ? 遠距離恋愛を成就させた身として、これからの意気込みは?」

「成就っていう感じじゃないかなあ、ズルズルっていうか。まあ、ぼちぼちやってくわ」

「えらい! 都会には良い男なんて腐るほどいただろうに」

「ほら私、男見る目ないからさ」

「じゃ、その目を借りたいんだけど」

「私でよかったら鑑定して差し上げますわよ」

「では改めてまた後日、ご相談に参ります、なんて」

「お待ちしております。あ、カフェオレでいい?」

「うん」

「みんな呼ぼうか?」

「いや、いいよ! 給食食べきれずに一人だけ残されてるみたいになるし。せっかくのケーキだもん。ゆっくり堪能したいわ」

「そっか。じゃ、すぐ用意するね」

 厨房へ消えていく真由子。白のコックコートが似合っている。ほどなく、大皿に並べられた色とりどりのケーキとともに、真由子が戻ってきた。

「わーすごい、ぜんぶ美味しそう!」

 手を叩く早希に、真由子ははにかんだ。

「本当にパティシエになったんだね」

 フォークを取り上げ、どれから食べようか目を輝かせる早希に、

「早希だって、すごい仕事できる女、って感じするよ」

「そんなことないよ。毎日ミスと失敗と、そのフォローばっかり」

「たいへんだね」

「仕事だもん。みんな、そんなもんでしょ。さあ、いっただきまーす!」

 早速ケーキにかぶりついた早希にホットカフェオレを供し、真由子は隣の席に座った。

「やっぱチョコからなんだ」

「当然!」

 口の周りにチョコクリームをつけて笑う早希を、真由子は嬉しそうに見つめる。

「それで、さ。大丈夫なの?」

 早希の顔色を窺う真由子に、

「ん? はひが?」

 ケーキを口に頬張ったまま問い返す早希。

「ほら。サキとチエ、色々あったじゃない」

「ああ。わたしと純也が昔付き合ってたって話? たしかに高校時代は付き合ってたけど、卒業してすぐに別れたからね。チエが付き合ったのはその後じゃん? 私がとやかく言う立場じゃないよね」

「それはそうなんだけどさ。ほら、そんな理屈どおりに割り切れるもんじゃないじゃない?」

「うーん」

 もぐもぐと口を動かしながら、早希は虚空を見上げた、

「そりゃ、ね」

 ブランデーの効いたスポンジ部分を、ごくん、と飲み下して続ける。

「肚に何もないかって言われたら、何かはあるよ。何かモヤモヤはあるけど、その何かが分からないって感じかなあ。でも誓って、チエや純也に怒ってなんかないよ」

「なら良いんだけど。サキが無理してたら心配だなって」

「だいじょうぶ、ありがと。さあ、次はどれにしよっかな」

 次のケーキを選びながら、目の端で鞄から見えているiPodを見下ろした。あの日、純也からプレゼントにもらったものだ。唯一、保存してあった一曲は、ずっと消さずに保存されたまま。躯体は傷だらけになったし、電池も何度か交換したが、いまだに現役を続けている。

「……帰ってきたかな?」

 三つ目のケーキを早希が平らげたところで、外が騒がしくなってきた。店のドアが開かれる。

「みんな、おかえりー! サキが来たよ!」

「遅くなってごめんねー」

 真由子と早希が立ち上がると「わ、ひさしぶり!」「元気だった?」などと声を掛け合いながら、とめどないガールズトークが始まる。

「ちょ、ちょっと待って! 積もる話は後からゆっくり!」

 真由子が大声をあげて、全員を制する。

「早希、ほら」

 促された先に、千恵がいた。少し酔っているようだ。ほんのり頬が赤い。早希は鞄の横に置いていた紙袋を持ち上げると、

「チエ、ひさしぶり。結婚おめでとう!」

 元気よく言って、紙袋から花束を取り出した。瑞々しいオレンジ色の薔薇が五本、リボンで束ねられている。

「ありがとう!」

 千恵は満面の笑みで花束を受け取り、早希に抱きついた。事情をよく知る友人たちのなかには、涙ぐむ者もいる。

「はいはい、積もる話、始めていいよ。まだケーキあるからね。イケる人は座って、座って!」

 真っ先に席に着いた巧を、真由子が肘で小突く。

「いてっ」

「あんたはもっと遠慮しなさいよ」

 高校時代から変わらない二人のやり取りに、みんな笑いながら想い想いの席に着いていく。千恵は早希の斜め前、純也の隣に座った。飲み物の準備に席を立った真由子に代わって、須藤が座る。

「あー、酔っ払っちゃった」

 呂律が怪しい。

「大丈夫? お水もらってこようか?」

 席を立とうとした早希の袖を、須藤が引っ張った。

「そんなのいーから、話聞かせてよおー」

「話?」

「そーそー。元彼と友達との結婚祝うのって、どんな気分なのー?」

「……なに?」

「ちょっとお、そんな怖い顔しないでさーあ。西野くんに振られた女同士、ゆっくり話そーよお」

 急に高笑いする須藤に、

「須藤って、純也のこと好きだったの?」

「そりゃそーじゃん。全国ベスト8のバスケ部のキャプテンでエース。勉強もできて文武両道。好きにならない女なんていないでしょ」

「まあ、そうよね」

 曖昧に笑う早希に、

「……なに?」

 今度は須藤は早希を睨んだ。目が座りきっている。

「自分は付き合ってたから、もっと西野くんの深いとこまで分かってますよー的な? 付き合うことさえできなかったお前と一緒にすんなとでも言ーたいわけえっ!?」

 須藤は声を荒げて立ち上がった。拍子に足元がふらつき、上体をテーブルに突っ伏させる。がしゃーん、と大きな音を立て皿やケーキ、カップがその中身ごと盛大に撒き散らかされる。悲鳴。

「大丈夫! すぐ掃除するから下がって。あ、割れ物には触らないで!」

 真由子の一早い指示に従い、みんな壁際に退避する。テーブルに突っ伏したままの須藤を起こそうとした早希の手を、

「触んな! この人殺しっ!」

 須藤が振り払った。

「ねえ。さっきから、何なのよ」

 怒りより半ば呆れる早希に、

「知ってるんだからね! 高校の時、あんたが純也の赤ちゃん堕したの!」

 須藤が叫んだ。しん、と静まり返る店内。

「……なに言ってんの? あんた?」

 強張った笑みを浮かべる早希に、

「とぼけんな! 私、この目で見たんだから! 隣町の私の爺ちゃん家の隣の産婦人科へ、あんたが通ってるとこ!」

「あの変な噂広めたの、あんたなの?」

「そーよ! 悪い? 本当のこと言っただけだしー! で、どーなのよ、本当のとこ」

「あの頃は体調が悪かったのよ。女なんだから色々あるじゃん。あんただって分かるでしょ?」

「いーや。なんでわざわざ、あんな遠い病院に通うんだよ! 知られたくなかったからだろーが?」

「いやいや、そりゃ知られたくないでしょ。思春期だよ。恥ずかしいじゃん」

 笑う早希。

「笑ってんじゃねー!」

 どん、とテーブルを叩いて立ち上がる須藤。

「しばらく通ったら、急に来なくなったくせに!」

「そりゃ、治ったら病院に行かなくなるじゃん」

「堕したんだろ! 堕したから、行かなくてよくなったんだろ!」

「だから違うって。いい加減にしないと、怒るよ?」

「私だって、西野くんのこと好きだったのにー! 西野くんの子供なら、自分の子供じゃなくても育ててあげたかったのにー!」

 再びテーブルに突っ伏して泣きじゃくる須藤。

「なんなの、ほんと……」

 須藤とは高校時代、ろくに話した記憶もない。下の名前も覚えていないほどだ。肩をすくめる早希に、

「ねえ、サキ」

 千恵が声をかけた。

「ちょっと二人だけで話したいんだけど、いいかな?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ