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ずいぶん間が空いてしまいましたが、ようやく形になりました。

 真夏のようだった昨日までが嘘のように、木枯らしが吹き荒ぶ。

 いつの間にか赤く色づいていた楓の街路樹が並ぶ、駅前の小さなロータリー。そこに併設された停留所では、目当てのバスを待つ客たちが、前触れなき冬の洗礼にそれぞれ身を縮めながら、スマホを眺めたり、携帯で話したり、あるいはベビーカーの泣き止まない我が子をあやしたりしている。

「いい加減、静かにさせてもらえんかね」

 ベンチに大股で腰掛けていた年配の男が、通話を切った携帯をポケットに押し込みながら言った。

「次のコンペの話が、ろくに聞き取れんかったわい」

 仕事終わりでたまたま居合わせていた早希は、周囲を見渡し、それが男の隣に座る大人しそうな妊婦に向けられた言葉だと気付いて、顔をしかめた。

 年配の男は渋面も露わに、手にした杖の先で地面を一突きすると、

「あんたね、自分の子供ぐらい泣き止ませられんようじゃ、母親失格だぞ」

「……すみません」

 頭を下げた妊婦は、まだ泣きじゃくるベビーカーの赤ちゃんに懸命に声をかける。

「わしらが若い頃はねえ……」

 年配の男が講釈を垂れ始めた時、

「何様だよっ!」

 怒鳴ったのは早希だった。年配の男だけでなく妊婦も、黒のパンツスーツ姿の早希に驚いた顔を向けてきた。

「さっきから聞いてりゃ、えらそーにっ! ほんっと、自分勝手なヤローだなっ!」

 さらに大声で怒鳴る早希。スマホを耳に当てている。

「どうせ、ろくに子育てなんかしたことねえだろっ! お前みたいなのがいるから、少子化が止まらねえんだよっ!」

 まくしたてつつ、年配の男のきつい視線を真正面から受け止める。

「はあ? 赤ん坊の声が聞こえるって? そんなの当たり前だろ! 赤ん坊なんて泣くのが仕事なんだよ! いい歳して、そんなことも分かんないのかっ!」

「おい小娘! それはわしに言うとるのかっ!」

 年配の男が杖を叩きつけるようにして立ち上がると、早希はきょとんとした表情で、スマホのマイク部分を押さえつつ、

「あ、違います。このバカに言ってるんで」

 スマホを指差し「すみませーん」と、にこやかに会釈した。早希のあまりの軽やかな変わり身に、年配の男は一瞬呆気にとられた。が、すぐに我に帰ると、やり場のない怒りで顔を真っ赤にしたまま、憤然とベンチに腰を落とした。早希は続け様にスマホめがけ、

「おまえ、マジでいっぺん、赤ん坊からやり直せっ」

 言い放った瞬間、そのスマホが鳴った。

「あ」

 思わず声を漏らした早希を、年配の男のみならず、妊婦も同時に視線を向ける。が、

「はい、おつかれ。どうしたの?」

 そんな視線などお構いなしで、普通に通話を始める早希。電話口の向こうで、部署の後輩がしどろもどろの説明を始める。眉間にシワを寄せる早希を、今にも怒鳴りつけんと睨む年配の男。

 剣呑な空気が流れる停留所に、外常行きのバスが到着した。二時間に一本しか来ない便だ。年配の男はぶつぶつと文句を垂れ流しながら、そのバスに乗り込んでいく。

「まったく! 近頃の若い者は、どいつもこいつもなっとらん!」

 最後に一つ、ばかもん! と、大声で悪態を吐いた。バスが出発する。それを見送りながら、あかんべーを放つ早希。視界の隅で、妊婦がくすりと笑う。早希も応じたいところだったが、電話の内容がそれを赦さない。会釈を返すのが精一杯だ。

「だから、きちんと確認しといてって言ったよね?」

 静かだが有無を言わせぬ早希に、押し黙る後輩。チーム一丸となって獲得した念願の大口新規顧客。それを失うかもしれない。早希は鞄を手に停留所から少し離れた、人気のない自動販売機の前へ移動した。ここなら少々、大きな声を出しても平気だろう。

「わたし、今日の午後から週末まで地元に戻るから。フォローできないからねって。何回も何回も言っておいたよね」

 早希は頬と肩でスマホを挟みながら言った。地面に置いた鞄からクリアファイルに挟んでおいた見積書を引っ張り出す。念のため、持ってきておいてよかった。

「先方はなんて言ってるの? え? 繋がらない? ああ、電話しても、出てくれないのね。メールは送った?」

 電話口から漏れ出る涙声。早希は軽くため息をつくと、

「……そう、わかった。あとは週明けに、わたしがやるから。引き継いだとこからの流れを教えて」

 聞きながら、見積書と腕時計を見比べる。……だめだ。仕入先が提示していた条件の別紙添付を表示すらしていない。これでは、いまさら顧客は納得しないだろう。

「……ダメだね」

 肩をすくめた。電話口の後輩が再び謝ろうとしたところで、

謝罪それはもういい」

 早希がピシャリと言った。

「あとは私がやるって言ってるんだから」

 細い声で、はい、と応じる後輩に、

「で、あんたはどう思ってるの?」

 厳しい表情のまま早希が言った。機先を制された後輩が押し黙る。

「気にするな、なんて言わないからね。しっかり気にして、二度と同じことを繰り返さないようにすんのよ。……よし。じゃ、続きをお願い」

 涙声で経緯を説明する後輩に相槌を打っていると、本馬三丁目行きのバスがやって来た。ベビーカーをたたみ、赤ん坊を抱っこした妊婦がバスに乗り込んでいく。通話が終わらず立ち往生する早希の目前で、乗降口のドアが閉まった。

「じゃ、お疲れさま」

 通話を終えた早希は、出発した本馬三丁目行きが遠ざかっていくのを見送りつつ、スマホを上着のポケットに突っ込んだ。代わりに結婚式の二次会の招待状を取り出す。

 本馬三丁目のカフェCoCoon。往復ハガキの片方に記された開始時刻は三十分後。次の本馬三丁目行きのバスが来るのは四十分後だ。

「あーもう。絶対、間に合わないな」

 天を仰いだ早希は、踵を返して駆け出した。

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