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準備中、の札が下げられた質屋〈籠〉。
灯りが落とされ静まり返った店内に、耳障りなベルが鳴り響く。アナログな金属音。いつものように剣掛けにおさまり、眠っていた戦乙女は、ゆっくりと覚醒した。身じろぎしたせいで刀身がかたかたと鳴る。
(まだ回復しきってないってのに、だわさ)
不機嫌にうなる。カイライは相変わらず木偶として突っ立っているだけだし、キビキは佳境を迎えたウイングコートの修繕に集中していて、他のことにまで気が回らない。
(ほんと、よくやるだわさ)
壊れた品物を補修する時はいつもそうなのだが、手を尽くしても結局元には戻らず、せいぜいが本来の力をわずかに宿す程度、たいていは本当のガラクタになってしまう。そうしてできたガラクタ類を、店主のキビキはそれでも決して手放そうとしないため、店は訳の分からない品物で溢れかえることになる。
『……仕方ない、だわさ』
観念したブレイシルドは剣形態を解き、実体に転身した。闘気が不足しているため、身が透けるし、足元もふらつく。ブレイシルドは忌々しげに舌打ちし、やかましく鳴り続ける黒電話の受話器を手に取った。
「質屋〈籠〉でございます、だわさ」
彼女なりに、キビキに教わった通り言った。すると、
『あの……』
受話器のスピーカーから、おどおどした女の声が聞こえてきた。
「どちら様だわさ?」
『わ、わたくし、ば……』
「はぁ? ば?」
いら立って鸚鵡返すブレイシルド。
『い、いえ。違います。わたくし、蛮燕と申します』
慌てて告げた電話主、燕姫に、ブレイシルドは「ああ」と返し、
「で、ご用件はなんだわさ?」
『そちらにわたくしの夫がいると、文をいただきまして……』
「夫? 文?」
ブレイシルドは怪訝そうに再びオウム返した。と、そこへ、
「代わります。ブレイシルド」
なんと作業を中断してやってきたキビキが、受話器を引き受けた。
「お電話を代わりました」
『その声は……』
「おひさしぶりです、燕姫様」
ほがらかに言ったキビキを、ブレイシルドは片眉を上げて見つめる。補修を中断させられたにも関わらず機嫌が良いのは非常に珍しい。
『お手紙……なのかしら? この煌めく紙をわたくしに送ってくださったのは、あなたなのですね』
「ええ。二人の若者の強力な想いが込められた品です。折り鶴にして飛ばしたところ、消失してしまったのですが、無事に冥界まで届いたようで。安心致しました」
『そ、それで、夫は……鷹はそこにいるのですか?』
高揚する燕姫に、
「はい。しかし残念ながら、あなたの夫、蛮鷹様は、この私の操り人形と成り果てております」
キビキが言った。
「……?」
言葉もない燕姫に、
「誠に御愁傷様です」
淡々と続けるキビキ。
「言葉通り操り人形でございますので、口をきくことはおろか、考えることさえできません。妻であった最愛のあなたのことさえ、今の彼には分かりません」
『ど、どうしてなんですか?』
混乱しながらも、懸命に尋ねる燕姫。
『夫は……鷹はどうしてそんなことを……?』
ふう。キビキはため息をつくと、
「取引をしたのですよ。彼は彼の魂、肉体、時間、自身の存在のすべてを、この私に売り払ったのです。彼があなたのために作った、あの、不格好きわまりない鋼鉄の指環を買い戻すために」
『あの指環を……?』
「ええ。あなたの死後、彼にはあの品物だけが、この世に唯一残された、あなたとの絆だったからでしょう。欲しかったのです。すべてを失っても共にいたいと願うほどに」
『……鷹……』
燕姫は力なく、愛しい人の名を呼んだ。沈黙が流れる。静かに待つキビキ。腕組みしたブレイシルドは壁に背を預け、瞼を閉ざしている。店の中はまるで、時間が止まっているかのようだ。
『……夫は』
燕姫がようやく口を開いた。
『……蛮鷹は、そこにいるのですね?』
「はい。肉体だけですが」
『代わっていただけますか?』
「もちろん。ただ、カイライとなった彼は喋ることができません。もし聞こえていたとしても、理解はできませんよ」
『それでも……お願いします』
キビキは顎を引いて応え、黒電話を抱えて受話器を手に、カイライとなった蛮鷹の方へ近づいていく。
「カイライ。これをこう、耳にあてなさい」
キビキに指示されるまま、カイライは黒電話を受け取り、受話器を耳にあてた。
『鷹?』
受話器から燕姫の声が流れる。しかしながらカイライに変化はない。彼はもはや、燕姫の知る人間、蛮鷹ではない。キビキ所有の傀儡なのだ。操る者がいなければ、何を為すこともなく、何かを考えるどころか、感じることさえない。それを電話越しに察した燕姫は、
『……わかりました』
言った。そして、
『わたくしは、いつまでも、いつまでもあなたを待ち続けます。この冥界で』
誓った燕姫に、
「ただお待ちになるだけ、なのですか?」
カイライから受話器だけ取り上げたキビキが口を挟んだ。
『……なんですか?』
温厚な燕姫も、さすがに気色ばんで応じる。
『誰のせいでこんなことになったと? あなたは自分がしたことを分かっているのですか? 誰かの大切なものを奪い取って、わざわざそれを知らせておいてから、絶望に突き落とすなんて……』
「おそれいりますが、言い掛かりはおやめください」
キビキはきっぱり言った。
「私は質屋です。双方同意の契約書に基づき、その記載内容を履行したまででして……」
『それでも、あなたにだけはとやかく言われたくありません!』
「そうですか。いえ、ね。ふと、不思議に思いまして」
『不思議に? なにを不思議に思ったと……』
「姫はカイライを……失礼、蛮鷹様を取り戻したいとは思わないのかな、と」
しばしの沈黙。のち、
『できるのですか!?』
キビキの言葉に飛びつく燕姫。
『鷹を取り戻せるなら、わたくし、なんでもやります! どんなことでも仰ってください!』
「あなた次第です」
『わたくし次第?』
「ええ。あなたが彼に釣り合う品物を持ち込んでくだされば、交換で彼をお返しできますよ」
『品物って……なにを?』
尋ねる燕姫に、キビキはひょいと肩をすくめた。
「それは私にも分かりません」
再びの沈黙。燕姫の目尻に悔し涙が浮かぶ。
『ば、馬鹿にしてっ……。わたくしをからかっているのですかっ?』
憤る燕姫に、キビキは頭を振った。
「滅相もございません。あなたは現在、死後の世界にいらっしゃいます。価値あるものはたくさんあると思いますが」
『価値あるもの……?』
「そうです。あなたはそちらの世界で、価値ある品物を見つけてください。どんなものに価値があるのか、聡明なあなたなら見つけられるはず。連絡を取りたい時は、そのギンガムチェックの紙に書いておいた数字を、左から順に唱えてください。今回と同じように、当店の冥界電話に繋がりますので」
『あ、あの……』
「それでは、ご連絡をお待ちしております」
燕姫がまだなにか喋っていたが、キビキは受話器を、カイライが持つ黒電話に戻した。ちん、と寂しげにベルが鳴る。キビキはカイライの手から黒電話を取り上げると、
「……さあ。そろそろ開店の時間です。お客さまをお迎えしましょう」
言った。




