表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/82

58

 準備中、の札が下げられた質屋〈籠〉。

 灯りが落とされ静まり返った店内に、耳障りなベルが鳴り響く。アナログな金属音。いつものように剣掛けにおさまり、眠っていた戦乙女ブレイシルドは、ゆっくりと覚醒した。身じろぎしたせいで刀身がかたかたと鳴る。

(まだ回復しきってないってのに、だわさ)

 不機嫌にうなる。カイライは相変わらず木偶として突っ立っているだけだし、キビキは佳境を迎えたウイングコートの修繕に集中していて、他のことにまで気が回らない。

(ほんと、よくやるだわさ)

 壊れた品物を補修する時はいつもそうなのだが、手を尽くしても結局元には戻らず、せいぜいが本来の力をわずかに宿す程度、たいていは本当のガラクタになってしまう。そうしてできたガラクタ類を、店主のキビキはそれでも決して手放そうとしないため、店は訳の分からない品物で溢れかえることになる。

『……仕方ない、だわさ』

 観念したブレイシルドは剣形態を解き、実体に転身した。闘気オーラが不足しているため、身が透けるし、足元もふらつく。ブレイシルドは忌々しげに舌打ちし、やかましく鳴り続ける黒電話の受話器を手に取った。

「質屋〈籠〉でございます、だわさ」

 彼女なりに、キビキに教わった通り言った。すると、

『あの……』

 受話器のスピーカーから、おどおどした女の声が聞こえてきた。

「どちら様だわさ?」

『わ、わたくし、ば……』

「はぁ? ば?」

 いら立って鸚鵡返すブレイシルド。

『い、いえ。違います。わたくし、蛮燕と申します』

 慌てて告げた電話主、燕姫に、ブレイシルドは「ああ」と返し、

「で、ご用件はなんだわさ?」

『そちらにわたくしの夫がいると、文をいただきまして……』

「夫? 文?」

 ブレイシルドは怪訝そうに再びオウム返した。と、そこへ、

「代わります。ブレイシルド」

 なんと作業を中断してやってきたキビキが、受話器を引き受けた。

「お電話を代わりました」

『その声は……』

「おひさしぶりです、燕姫様」

 ほがらかに言ったキビキを、ブレイシルドは片眉を上げて見つめる。補修を中断させられたにも関わらず機嫌が良いのは非常に珍しい。

『お手紙……なのかしら? この煌めく紙をわたくしに送ってくださったのは、あなたなのですね』

「ええ。二人の若者の強力な想いが込められた品です。折り鶴にして飛ばしたところ、消失してしまったのですが、無事に冥界そちらまで届いたようで。安心致しました」

『そ、それで、夫は……鷹はそこにいるのですか?』

 高揚する燕姫に、

「はい。しかし残念ながら、あなたの夫、蛮鷹様は、この私の操り人形と成り果てております」

 キビキが言った。

「……?」

 言葉もない燕姫に、

「誠に御愁傷様です」

 淡々と続けるキビキ。

「言葉通り操り人形でございますので、口をきくことはおろか、考えることさえできません。妻であった最愛のあなたのことさえ、今の彼には分かりません」

『ど、どうしてなんですか?』

 混乱しながらも、懸命に尋ねる燕姫。

『夫は……鷹はどうしてそんなことを……?』

 ふう。キビキはため息をつくと、

「取引をしたのですよ。彼は彼の魂、肉体、時間、自身の存在のすべてを、この私に売り払ったのです。彼があなたのために作った、あの、不格好きわまりない鋼鉄の指環を買い戻すために」

『あの指環を……?』

「ええ。あなたの死後、彼にはあの品物だけが、この世に唯一残された、あなたとの絆だったからでしょう。欲しかったのです。すべてを失っても共にいたいと願うほどに」

『……鷹……』

 燕姫は力なく、愛しい人の名を呼んだ。沈黙が流れる。静かに待つキビキ。腕組みしたブレイシルドは壁に背を預け、瞼を閉ざしている。店の中はまるで、時間が止まっているかのようだ。

『……夫は』

 燕姫がようやく口を開いた。

『……蛮鷹は、そこにいるのですね?』

「はい。肉体だけですが」

『代わっていただけますか?』

「もちろん。ただ、カイライとなった彼は喋ることができません。もし聞こえていたとしても、理解はできませんよ」

『それでも……お願いします』

 キビキは顎を引いて応え、黒電話を抱えて受話器を手に、カイライとなった蛮鷹の方へ近づいていく。

「カイライ。これをこう、耳にあてなさい」

 キビキに指示されるまま、カイライは黒電話を受け取り、受話器を耳にあてた。

『鷹?』

 受話器から燕姫の声が流れる。しかしながらカイライに変化はない。彼はもはや、燕姫の知る人間、蛮鷹ではない。キビキ所有の傀儡くぐつなのだ。操る者がいなければ、何を為すこともなく、何かを考えるどころか、感じることさえない。それを電話越しに察した燕姫は、

『……わかりました』

 言った。そして、

『わたくしは、いつまでも、いつまでもあなたを待ち続けます。この冥界で』

 誓った燕姫に、

「ただお待ちになるだけ、なのですか?」

 カイライから受話器だけ取り上げたキビキが口を挟んだ。

『……なんですか?』

 温厚な燕姫も、さすがに気色ばんで応じる。

『誰のせいでこんなことになったと? あなたは自分がしたことを分かっているのですか? 誰かの大切なものを奪い取って、わざわざそれを知らせておいてから、絶望に突き落とすなんて……』

「おそれいりますが、言い掛かりはおやめください」

 キビキはきっぱり言った。

「私は質屋です。双方同意の契約書に基づき、その記載内容を履行したまででして……」

『それでも、あなたにだけはとやかく言われたくありません!』

「そうですか。いえ、ね。ふと、不思議に思いまして」

『不思議に? なにを不思議に思ったと……』

「姫はカイライを……失礼、蛮鷹様を取り戻したいとは思わないのかな、と」

 しばしの沈黙。のち、

『できるのですか!?』

 キビキの言葉に飛びつく燕姫。

『鷹を取り戻せるなら、わたくし、なんでもやります! どんなことでも仰ってください!』

「あなた次第です」

『わたくし次第?』

「ええ。あなたが彼に釣り合う品物を持ち込んでくだされば、交換で彼をお返しできますよ」

『品物って……なにを?』

 尋ねる燕姫に、キビキはひょいと肩をすくめた。

「それは私にも分かりません」

 再びの沈黙。燕姫の目尻に悔し涙が浮かぶ。

『ば、馬鹿にしてっ……。わたくしをからかっているのですかっ?』

 憤る燕姫に、キビキは頭を振った。

「滅相もございません。あなたは現在、死後の世界にいらっしゃいます。価値あるものはたくさんあると思いますが」

『価値あるもの……?』

「そうです。あなたはそちらの世界で、価値ある品物を見つけてください。どんなものに価値があるのか、聡明なあなたなら見つけられるはず。連絡を取りたい時は、そのギンガムチェックの紙に書いておいた数字を、左から順に唱えてください。今回と同じように、当店の冥界電話に繋がりますので」

『あ、あの……』

「それでは、ご連絡をお待ちしております」

 燕姫がまだなにか喋っていたが、キビキは受話器を、カイライが持つ黒電話に戻した。ちん、と寂しげにベルが鳴る。キビキはカイライの手から黒電話を取り上げると、

「……さあ。そろそろ開店の時間です。お客さまをお迎えしましょう」

 言った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ