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 寺子屋の授業は楽しい。

 知らないことを知る喜び、そして得た知識を自分なりに解釈して新しい考えを生み出すのが、治之助は好きだった。反面、剣術は不得意で、体を動かすことも苦手だった。体格は同じ歳の子と比べると小さいし、細い。しかし何であれ、負けるのはとても悔しいし、大嫌いだ。何かあるとすぐに相撲で決着をつけようとする意味がそもそも理解できない。

 今年最後の講義を終え、先生から向学の御守を受け取った治之助は、急いで荷物を風呂敷に包み、お堂から飛び出した。

「おい、待てよ!」

 背後から巨漢の少年が声をかける。旗本の跡取りだ。

「長嶋津様の御下知だぞ! 待たんか、竹光!」

 商家の跡取りの嘲笑を、唇を噛んで無視して、駆ける。

「昔みたいに、お上品な都ことばで喋ってくれよ」

「そうでんなー、ほんまでっかー」

 言わせておけばいい。成績では自分が一番なんだ。治之助は山門を抜け、母なつの墓前へ手を合わせに向かった。手水場で手を洗っていると、

「あの馬鹿たれ!」

 仏の眠る霊場にあるまじき大声が轟いた。

「治之助の刀どころか、自分の刀もまだうとらんとは!」

 治之助は墓石の陰に身を潜め、様子を伺った。

「秀さんは優しいから、どうしても荒事絡みは後回しになるんよ」

「それで、なつが死んだんやろが!」

「なに言うてんの。秀さんやのうて、やったんは長嶋津の次男坊やろ?」

「あほ! ちゃんとした刀持っとったらな、正々堂々戦って死んだんは秀三やったはずや! なつやうてな!」

「だから、番所の方も事故やった言うてたやないの。あの後、長島津の次男坊も勘当されて所払いになったわけやし」

「のうのうと、また帰ってきとるやないか。仇を討ったろうとは思わんのか、あの青瓢箪は! あれでも男か! 侍か!」

「秀さんだけでも生き残ってくれてよかったやないの」

「なに言うとんのや。生き恥さらして、ほんま情けない……」

「ええ加減にしいや!」

「なっ、おまえ。わしに向かって、ようもそんな……」

「攘夷運動からも外されて、川辺で毎日なんもせんと燻っとるような男を斬って、今更どないすんの! それで、なつが帰ってくるわけやないんやで!」

 指差された墓石を見つめ、

「なつ……」

 久しぶりに見た祖父は、亡き母の墓石の前で膝を折った。ぼろぼろと涙を流す祖父を、祖母も泣きながら抱きしめる。

(長嶋津の次男坊)

 治之助は鼓動が早くなるのを感じた。なにも考えられなくなった。考えるより早く、体が動いていた。来たばかりの道を引き返す。山門を抜けると、思った通りだ。長嶋津の息子が寺子屋の生徒たちを相手に相撲を取っている。

「おい、長嶋津!」

 治之助のただならぬ様子に、皆が動きを止めて振り返る。

「おまえの叔父のことで、聞きたいことがある」

 治之助は風呂敷包みを地面に落とした。

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