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質屋・籠の備忘録  作者: 甲乙イロハ
ハートのリード
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 意識がない人間ってのは重いもんだな。

 公望は自分の部屋のベッドに寝かせた勇希を見下ろして思った。なにか、縛るものが必要だ。

「こいつでいいか」

 勇希が握りこんだ手から犬のリードをもぎ取る。

「おお、取れた取れた」

 バットで殴って倒れた勇希を車に乗せようとした時、繋がれた犬が邪魔だった。しかし、勇希は朦朧としながらもどうしてもリードを手放そうとしなかったので、仕方なく犬ごと連れてきたのだ。犬の首輪からリードの金具を外し、パイプベッドの支柱にリードの持ち手を巻いて通すと、重ねた勇希の両手首を縄の部分で縛り付けた。

「ふう」

 一息ついた時、ふと、縄がわりにしたリードに見覚えがある気がした。

「ああ、いつもポストの下に吊ってあった、あれか」

 意識を失ったままの勇希を見下ろし、

「まだ持ってたんだな。お、ぶっ壊したここの金具も、わざわざ治してあるじゃねえか。どうせ安もんだろうによ」

 嘲笑した時、携帯の呼び出しが鳴った。

「はい、公望です!」

 通話ボタンを押し、携帯を耳に当てた。背筋が自然と伸びる。

「はい、はい! 分かってます!」

 通話相手は金を借りた闇金業者から債権を譲り受けた暴力団だ。

「必ず、必ず金は用意します。いや、逃げたなんて、そんな!」

 天井の間接照明に照らされた薄明かりの中、公望は携帯を耳に当てたまま、何度もお辞儀する。

「親父の会社には、ほとんど現金が残ってなくて……。え? 車をかっ払うなんて、無理っすよ。親父に殺されちまう。いや、マジで勘弁してくださいよ。もうすぐ、まとまった金が入りますから。はい。例の、肥土亥建設です」

 通話が切れた。公望も携帯の通話をオフにする。暑くもないのに、汗だくだ。力が抜け、床に直接座り込んだ。頭を抱える。

 開発業者から認められた期限は一ヶ月。その間に町の自治会に話をつけなければならない。できなければ、予定していた報酬は全てパーだ。

 そうなると、闇金から借りた金が返せなくなる。

 犬のブリーダーを始め、表だけでなく裏からも事業資金を借りまくった。逮捕されようが、自己破産しようが、裏から借りた金は帳消しにはならない。次の返済期限は三日後。地元の野球部の後輩たちに絡んで金を巻き上げてみたが、焼け石に水。もう誰も近付いてもこない。

「けっ! どいつもこいつも、薄情なもんだぜ。さんざん世話してやったってのによお」

 埃の浮いたフローリングに悪態を吐いた時、

「……お前、金借りてるのか」

 勇希が掠れた声で言った。割れるような頭痛に顔をしかめる。バットで殴られたところまでは覚えているが、目覚めた時はこのパイプベッドだった。

「あの犬は?」

「自分のことより、犬の心配かよ。お優しいこった」

 ふざけて嗤う公望に、

「あの犬はどこだって聞いてるんだ」

「ぶっ殺したよ。こいつでな。ボコボコにしてやったぜ。ほら、そこに転がってるだろ」

 部屋の隅の暗がりにうずくまる影。あの犬だ。生きているかどうか、ここからでは分からない。

「なんて……ことを……」

 勇希の目から涙が溢れる。

「泣きてえのはこっちだ。犬はいつも俺の邪魔をしやがる。先輩がブリーダーは簡単に儲かるって言うから始めたのに、全然産まねえし、産んでも形が悪いとかで売れやしねえ。紹介された金貸しはヤクザと繋がってるし、あの時だって……」

「あの時?」

「とぼけんなよ! 中学の時、そのリードを付けてた、あの犬だよ!」

「……ゲンタのこと?」

「そうだよ! 親に内緒で車運転してたら、犬を散歩させてるお前を見つけて。ちょっと脅かしてやろうと思ってハンドル切ったら、あのバカ犬がちょうど飛び出しやがって……」

「お前がやったのか?」

「そうだよ。おまえ、見てただろ」

「覚えてないんだ。歩道で轢き逃げに遭ったって聞いてるぞ。お前がやったのか?」

「だから、そうだよ! リードの金具を壊したのも、この俺だ!」

「なんで……」

 怒りが湧き上がる。ゲンタのことだけでなく、中学時代にしつこく揶揄われた記憶が次々と蘇る。

「なんでそんなことするんだよ!」

 叫ぶ勇希に、

「おまえがむかつくからだ!」

 公望は言った。

「このオトコ女が、なよなよしやがって! 今も昔も、男か女か、はっきりしやがれ!」

「僕は男だ!」

「お前は女だろ! いい加減、認めろ! 気持ち悪いんだよ!」

「それなら私を殺せばいいだろ! なんで、何も悪くない犬が殺されなきゃならないんだよ!」

「お前のことが好きだったんだ!」

 公望が叫んだ。

「中学入ってすぐだ。ずっと好きだったんだ! なのに、急に男の制服着て、髪もバッサリ切って。せっかく諦めたってのに、戻って来てみりゃ、また髪のばして、あの頃みたいになりやがって。お前はオトコ女じゃねえ、ただの女だ!」

 公望は嗚咽しながら、勇希に覆いかぶさった。荒い息遣いから顔を背ける。

「やめろっ!」

「お前が女だってこと、分からせてやる!」

 ズボンを下ろした公望が、勇希のカーゴパンツのベルトに触れた瞬間、

『グルルルルル……』

 うなり声が響き、続けて、

『ガウッ!』

 なにかが吠えた。

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