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質屋・籠の備忘録  作者: 甲乙イロハ
ハートのリード
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 雨が窓を叩く音。

 昨夕からの記録的豪雨は、太陽が昇り、明け方前には一時の勢いはなくなったもののまだ大粒で、飽きもせず降り続いていた。

 バーの営業を終えた勇希は、まだ軽く酔った頭を振り、照明を落としてドアを開けた。

 湿った闇のなか、うずくまっていた影が身を起こす。

 あの犬だった。

 全身びしょ濡れだ。勇希を見つけるや、盛大に尻尾を振り出す。

「一晩中、ここにいたのか?」

 犬は答える代わりに、掠れた声をあげた。立ち上がり、尻尾を振り振り近づいてくる。歩き方が変だ。右の後ろ足を引きずって、店を出た勇希の足元まで歩いてくると、そこに伏せた。尻尾を振り続ける犬の背中を優しく撫でる。触られても、もう、逃げない。

「僕と一緒に、暮らすかい?」

 優しく問いつつ、頭から頬をゆっくり撫でる。すっかり安心した顔で、犬は濡れそぼった顎を勇希の手に寄せた。

「とりあえず風呂だな。おいで」

 歩き出す勇希に、犬はピッタリくっついて来る。雨をしのげる軒先に座らせて、シャワーヘッド付きのホースを引き出し、予洗いする。滲み出る汚れで、玄関ポーチが濃い灰色になっていく。あとで首輪を外したら、犬用シャンプーを買って来て、もう一度洗わないと。

 洗ってみて、いくつか分かったことがある。まず、メスだということ。毛の色は茶色、いわゆる赤柴という種類だ。声帯の切除手術を受けていて、ほぼ声が出せないこと。右足を引きずっているのに加え、脇腹に触れると痛がる。これは外傷なのか、内科的な病気なのか。

 あらかた洗い終えたので、とってきたタオルで足と体をざっと拭き、洗面所へ。犬のお風呂は、洗うより乾かすのが大変だ。ドライヤーをオンにすると犬は一瞬こわがったが、

「大丈夫だよ」

 肩を軽く撫でると、おとなしくなった。触られても、もう怖くないらしい。乾くに従って舞う抜け毛。むかしの、ゲンタのことを思い出す。

(あいつは風呂嫌いだったなあ)

 幼いゲンタが威嚇の声を上げていたのを思い出す。噛まれたこともあった。子犬の歯は小さく尖っているので、傷は浅いが結構痛い。

「よし」

 乾かし終え、残っていた鹿肉ジャーキーを犬に与えていると、

「朝から何事かと思えば」

「おお、可愛い子じゃないか」

 両親がやって来た。どちらも目を細めて、ジャーキーを食べる柴犬を見つめている。

「うちで飼おうと思ってるんだけど」

「いいとも。もちろんだ」

「ねえ。名前はなんて言うの?」

 母に聞かれて、ふと気付いた。

「さあ?」

「なにを言ってるんだ、母さん。名前はうちで付ければいいじゃないか。捨て犬なんだろ?」

「それが、ちょっと分からなくて」

 外した首輪をつけ直す前にもう一度、裏側も確認する。が、やはり何も情報がない。

「飼い犬かどうかは別にして、とりあえずリードを付けないとね」

 母が言ったが、

「おいおい。こんなに朝早くから、店なんてあいてないぞ」

 柱時計を見上げて、父が笑う。時刻は八時。勇希は犬に首輪をつけ直した。

「ちょっと、出かけてきていいかな」

 返事もそぞろに犬と戯れ始めた両親を残し、勇希は家を出た。店の駐車場を抜け、国道沿いの質屋へ向かう。ブレイシルドに、とりあえず犬を預かることにしたと伝えるためだ。店は前と同じ場所に、同じようにあった。ほっとする。何故か、急になくなってしまっているような気がしたのだ。趣のある古い木のドアを押し開き、

「おはようございます……」

 頭上で鈴が軽やかに鳴った。

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