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突然尖った声で呼びかけられ、勇希はびくっと身を震わせた。声の方に顔を上げると、腕組みして仁王立ちしている女がいた。燃えるような赤い髪に、鋭い眼差し。外国人なのだろうが、この辺りでも最近は珍しくない。背中には大きなリュックサック。長旅のバックパッカーなら分からなくもない。奇妙なのはその服装だ。剣と魔法のゲームに出てくる艶かしい女戦士のような格好をしている。なにかのコスプレだろうか。
「ああ? なんだよ?」
勇希に代わって睨み返す川本に、
「こいつ、あんたらの犬なんだわさ?」
語尾に独特の訛りがある女はそう言って、足元の犬を指差した。勇希が頭を振ると、女は忌々しげに舌打ちする。
「飼い主が見つかったら、あたしに教えてほしいだわさ」
「はあ? 教えろだあ?」
すごむ川本。
「勝手に絡んで来といて、詫びも入れねえで頼みごとかよ。どこの何様だ、てめえ」
川本と女が視線をぶつからせる。
「何様だっつってんだよ!」
叫ぶ川本。勇希も立ち上がった。川本は良い奴なのだが、とにかく短気だ。ヒートアップする前に止めないと。
「あたしはブレイシルド。戦乙女だわさ」
すらすら答えられ、一瞬、呆気にとられる。
(なんだ、それ?)
内心そう思いながらも、口には出さない。世の中には色々な人間がいる。
「で、そのヴァルなんとか様が、なんだって?」
気を取り直し、さらに凄む川本を前に、ブレイシルドは沈黙している。
「なんだ、ビビってんのか? なんか喋れよ!」
怒号をあげる川本に、
「……あんた、生意気だわさ」
「ああ!?」
今にも殴りかかりそうな勢いの川本に、
「ごめんだわさ」
ブレイシルドは破顔して、頭を垂れた、
「あんたのせいじゃないのに、八つ当たりしてごめんだわさ」
「……は?」
「今のは、あたしが悪いだわさ。許してほしいだわさ」
「あ、ああ。最初からそうやって普通に話しかけてくれりゃ、こっちだって別に」
完全に喧嘩モードだった川本は、肩透かしを食らった気分でもごもご言った。
「この何日か、その犬がずっと腹ペコでうろうろしてるのを見てたから、腹が立ってしょうがなかったんだわさ」
「ですよね。犬は主人を選べないから」
すかさず勇希が言うと、ブレイシルドは大きくうなずき、
「子供が親を選べないのと一緒だわさ」
「だよな」
川本は得たりとばかりにうなずく。
「なんで、親だから良いはず、って前提なんだろな」
「良いか悪いか、決めていいのはその子供だけだわさ」
川本は笑った。
「あんたも親で苦労したクチか」
「あんたもだわさ?」
「まあな。私は真琴。川本真琴。こっちは桝谷勇希だ」
「マコト、ユーキ。良い名前だわさ。この国の名前にしては、呼びやすいし」
「あんたもな、ぶーちゃん」
「ぶーちゃん?」
「ブレイシルドなんて呼びにくいからよ。ブレイシルドのぶーちゃん。可愛いじゃん?」
ブレイシルドは眉根を寄せ、
「可愛くはない、だわさ」
唇を尖らせた。
「子供みてえなやつだな」
「あんたもだわさ」
再び睨み合う二人。しかし、同時に吹き出した。
「ま、よろしくな」
川本が差し出した手を握り返すブレイシルド。
「犬好きに悪いやつはいないだわさ」
「犬は素直で分かりやすくていいですよね。頭が悪くて単純なだけだって言う人もいるけど」
「そんなことないだわさ。犬だって、色んなこと考えてるだわさ」
「僕もそう思います」
「ずっと昔に飼ってた魔犬とも、色んなことを話したもんだわさ」
「話した?」
「その、ガルムって犬と?」
驚く川本と勇希に、ブレイシルドは当然のようにうなずき、
「もちろんだわさ。あたしは犬でも猫でも、鳥でも蛇でも、狼でも熊でもライオンでも、動物の言葉が分かるから」
「マジかよ」
「すごい、ですね」
川本と顔を見合わせつつ言う勇希を、ブレイシルドが指差す。
「この犬は、あんたを大好きよって言ってるだわさ。あんたが飼ってやればいいだわさ」
「そうできればいいんだけど。まだ触らせてもくれなくて……」
すっかり話し込んでしまっていた。
「あ、やっべ!」
川本が天を仰いだ。
「配達の途中だったんだ! 勇希にぶーちゃん、またな!」
慌ただしく軽トラに飛び乗り、走り去っていく。
「そうだ。あたしもオーナーにお遣いを頼まれてたんだわさ」
リュックを背負い直し、歩き出したブレイシルドが、
「あたしはそこにいるから」
指で示した先に、店があった。国道を挟んでバーの斜向かい。
一枚板の看板に、質一文字が円で囲ってある。
「質……屋?」
あんなところに質店などあっただろうか。あそこにあったのは確か、えっと……なんだったっけ。どこにどんな建物があったかなんて、意外と覚えていないものだが、それでも……。困惑する勇希に、
「気になるなら来てみると良いだわさ。意外な掘り出し物があるかもしれませんよ、だわさ」
ウインクを残し、重い荷物を背負ったブレイシルドは山へ向かって歩いていった。本当にキャンプでもするのだろうか? あの格好で?
バーの開店時間も迫っている。質屋は今度にしよう。
「あ、ごめん」
勇希はジャーキーを犬に与えた。ずっとお座りして待っていたのだ。
「賢いな、おまえは。飼い主が見つかるまで、うちに来るか?」
犬は返事をせず、ただ次のオヤツがもらえるのを、座って待っている。
その時、突如、雷鳴が轟いた。音に驚いた犬は猛然と駆け出した。勇希が声をかける間もなかった。走って少し追いかけたが、スピードが違う。全然間に合わない。犬はまた、山の中へ駆け込んでしまった。
さらに雨まで降り出した。西の空に稲妻が走る。このまま本降りになりそうだ。
「また来いよ!」
勇希は両手の平を口元に宛てると、山に向かって大声をあげた。




