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質屋・籠の備忘録  作者: 甲乙イロハ
懐中電灯
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「おじゃまいたします」

 即座に、桃井は引き金を引いた。

 消音器付きの拳銃から発射された弾丸はキビキの脇腹と肩、腰、最後に額に命中する。鮮やかな赤が糸を引いて、散った。目を見開いたまま、背中から倒れこむキビキ。

「ひゃ、ひゃあっ!」

 悲鳴をあげて、教頭は部屋を飛び出して行った。階段を駆け下りる音。

「死、死ん……だ?」

 ぴくりとも動かないキビキの身体を凝視し、呟く寅泰。隆一も動けない。桃井は銃口から漂う煙を眺めながら、

「なにやってんだ! このボンクラどもっ!」

「だ、だって……」

 思わず呟いた寅泰の頬を、大股で歩み寄った桃井が張り飛ばす。

「口答えすんじゃねえっ!」

 寅泰の胸ぐらを掴む桃井。

「俺が殺れと言ったら、相手が誰だろうとすぐに殺れ!」

「で、でも、まだほんのガキ……」

「まだ言うか、この野郎っ!」

 再び寅泰を突き飛ばした。

「あ、アニキ! すんませんでしたっ!」

 土下座する隆一に、

「うるせえ! てめえ、俺に手えかけといて何がアニキだ! 殺されたくなきゃ、とっとと失せやがれ!」

 隆一が下げた後頭部に、

「けっ、面倒くせえ!」

 桃井は唾を吐きかけると、

「おめえらみてえな半端もん、うちの組には要らねえ! いいか! たった今から、おめえらは堅気だ! 一生、平凡に、のうのうと脇役で生きていきやがれっ」

 隆一と寅泰は顔を見合わせた。立ち上がり、袖で涙を拭う。

「いいか、二度とツラ見せんじゃねえぞ! もしどっか他所でヤクザ気取ってやがったら、俺がぶっ殺してやるからな!」

 怒鳴る桃井に、兄弟は揃って深く頭を下げ、部屋を飛び出して行った。階段を駆け下りる二つの足音。

 開いたままの扉を見つめながら、桃井は立ったままテーブルに拳銃を置き、煙草を取り出した。一本くわえたが、火が点かない。

「くそっ」

 舌打ちして、

「……おい。死んだのか?」

 桃井が言うと、むくり、とキビキが上体を起こした。額から滴り落ちる赤い液体を、黒猫が刺繍された紫のハンカチで拭い、立ち上がる。

「おつかされさまでした。桃井様」

 全身に付着した赤い残滓を拭き終え、キビキはハンカチを胸ポケットへ戻した。

「……マジで死なねえんだな」

 テーブルの上の拳銃を眺め、独り言ちる桃井。拳銃も弾も、安物だが本物だ。薄笑みを浮かべるキビキを、気味悪そうに眺める。

「で、これでいいのか?」

「ええ。迫真の演技でございました。さすがです」

 桃井は答えず、ソファに腰を落とした。

「で、質屋さんよ。これで、未来の俺は助かるんだよな?」

「もちろんでございます」

 キビキは微笑んだ。

「桐村兄弟がいなければ、あなたは田中様の奥様と金銭貸借を締結するきっかけを失いますので。歴史は大きく改変されます。時間の復元作用で若干の修正は働くと予測されますが、少なくとも当店が損害を受け、引き換えにあなたの魂をお預かりすることはなくなるでしょう」

 桃井は自嘲気味に鼻を鳴らす。

「俺みてえな脇役の魂に、そんな価値があるとは思えねえがな」

「とんでもない」

 キビキは珍しく目を丸くして言った。

「魂は、人間が所有する最高の財産。私もまだ全貌をつかみかねておりますが、やつにとっても至宝である可能性が高いのですから」

 わずかに頬を上気させるキビキを他所に、桃井はくわえ煙草に懐から取り出した自身の金属製ライターで着火すると、分厚いソファに深く背を沈めた。見上げた天井をめがけ、煙を吹き上げる。

「……魂、か。そんな夢みてえな話、なんで信じる気になったんだろうなあ、俺は」

 呟く桃井に、

「お会いするのは、これが初めてではありませんので」

「未来の俺とは会った後だってんだろ?」

 微笑むキビキ。桃井は口をへの字に曲げた。

「未来だぜ、未来? うちのオヤジが信じろって言っても、心底は信じやしねえよ。なのに、俺はなんで……」

「信じたかったから、ではありませんか?」

「あぁ? 俺がか?」

 顔をしかめる桃井。

「ええ。ご自身のためではなく、あの兄弟の未来のために」

「……ふん」

 桃井は鼻を鳴らした。

「それを言うなら、質屋さんよ」

 桃井は煙草を灰皿でもみ消し、

「あんたこそ、こんなことして何か得があるのか?」

「そうですね。目的はとっくに果たしたのですが……」

「なら余計だ。あんたがここまでする理由が、俺にはよくわからねえな。俺も、あの兄弟も、特別な力があるわけでも、立派な人格者ってわけでもねえ。良い方ではもちろん、悪い方でも歴史に名を残すようなこともねえ。しょせんは世界の脇役だ。そうだろ?」

 キビキは薄く微笑み、

「あの兄弟にお譲りした、守護者の冊子ガーディアンパンフレットの効果が私にも少なからず働いているのでしょうが」

 前置きすると、

「一番の理由は、魂をいただくと申し上げた、あの時です」

 桃井を見つめて、続ける。

「あの時、あなたはあの兄弟ではなく、進んでご自分の魂を私に差し出されました。あの時間軸では、あの兄弟は冊子パンフレットを所有していませんでしたからね。あれは、あなたの純粋な意志に基づいた、非常に尊い行為でした。私は心から感動しましてね。こうして、事態を改善すべくやって参りました次第です」

 桃井は吹き出した。

「未来の俺の行いに感激して、過去の俺を救いに来てくれたってわけか。なんにせよ、ご苦労なこった」

「いえ」

「あなたを救えるのは、あなただけ。あなたが救われたと思うのなら、それは私ではなく、あなた自身の力です」

 桃井はシニカルな笑いを浮かべ、ゆっくり頭を振る。しばしの沈黙。

「で」

 桃井は膝を叩いて立ち上がった。

「あんたはいつまでここに居るつもりだ? おかげさんでうちも、目をかけてた若いもんが一遍に二人も抜けて、これから忙しくなるもんでな」

「これは失礼」

 踵を返したキビキが鉄扉をくぐろうとした時、

「……なあ」

 桃井が呼びかけた。

「俺は地獄行きか?」

「おそらくは」

 振り返ったキビキは、薄笑みを浮かべ即答した。

「だろうな。悪い脇役にはお似合いだ」

 桃井が高笑いするなか、

「ただし」

 キビキは人差し指を立て、微笑む。

「この世界に、脇役など一人もいません」

 桃井の笑い声がやむ。

「ご協力、ありがとうございました」

 優雅に一礼したキビキの姿は、溶けるように闇に消えた。

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