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質屋・籠の備忘録  作者: 甲乙イロハ
懐中電灯
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「誰だ! いま笑ったやつ!」

 再び立ち上がる隆一。

「おまえらだって、なんだよ! おれがこの金をどこかから盗んだって思ってんのか?」

 静まる生徒たち。しかし隆一にはクラスメイトたちが囁いているように聞こえた。

……龍ちゃん、給食楽しみにしてたよな。

……おばさんのうちで、ご飯食べさせて貰えなかったらしいよ。

……給食代も払ってもらえなくなって。

……かわいそう。それで、どこかから盗んじゃったのかな。

「ちがうっ!」

 大声で叫んだ。しん、と静まる生徒たち。重たい空気。いたたまれなくなり、気づいた時には駆け出していた。学年主任の脇をすり抜け、教室から飛び出そうとしたところで、学年主任につかまえられた。

「はなせよっ!」

 学年主任に背中から両腕を回され、隆一は暴れた。

「おれは盗んでない! ちがうんだってっ!」

「わかってる!」

 近づいてきた教師が叫んだ。

「後ろめたいことがないなら、逃げるな!」

「でもっ!」

「いま逃げたら、おまえが潔白だってことを証明できないだろ!」

「そんなこと、言ったって……!」

 もともとやんちゃ坊主で、喧嘩っ早い隆一は、自分でも認める問題児だった。そんな生徒の持ち物から大金が出てきたのだ。みんながどう思うかは、もう分かっている。分かってしまった。

「……別に、いいよ」

 暴れるのをやめた隆一を、学年主任が解放した。

「なにがいいんだ?」

「おれ、泥棒でいい」

「桐村!」

「みんな、おれが泥棒だって思ってるんだろ? じゃあ一緒じゃん。もう、それでいい」

「よくない! 桐村は何も盗んでなんかいないじゃないか!」

「じゃあ、先生はおれの話を信じてるのかよ!? あの質屋の……」

 一瞬、答えが遅れた教師に、

「ほらみろっ!」

 隆一の叫び声を最後に、クラスに再び重い沈黙が訪れる。それぞれがそれぞれの思いを巡らせる中、隆一の脳裏をよぎったのは、

(嘘つきは泥棒の始まりだぞ)

 今は亡き、警察官だった父の言葉だった。思わず地団駄を踏んだ。

(父ちゃんこそ嘘つきだっ!)

 隆一は心の中で叫んだ。

(おれ、嘘ついてないのに! なのに泥棒だって思われてるじゃんかよっ!)

 沈黙のなか、うなだれ、床を睨みつける隆一。涙が出そうになるのを、歯を食いしばって堪えた。握りしめた拳が震えている。泣くわけにはいかない。泣くのは、弱い奴だ。隆一はいつも強くなくてはならない。なぜなら……

「おまえら、兄たんをいじめるなっ!」

 クラスに飛び込んできた寅泰が叫んだ。顔を真っ赤にして怒っている。隆一と一緒に帰ろうと、ずっと廊下で待っていたのだ。そう。寅泰だ。父ちゃんも母ちゃんもいなくなったあの日、弟を守るため、強い男になると誓った。絶対に泣かないと決めたのだ。隆一は深呼吸してから振り返ると、

「どうした、寅泰」

 顔を引きつらせつつも、笑ってみせた。こんな時でもいつもの強い、強くあろうとする兄の姿を見て、最初から全部を見ていた寅泰は泣き出してしまった。

「兄たん、悪いことしてないのに。ほんとのこと言ってるのに。なんで……」

 悔し涙を流す寅泰。ぎゅっと抱きしめているのは、あのパンフレットだ。これを見せて説明する? いや、これがその質屋から譲り受けたパンフレットだと言ったところで、誰が信じてくれる? 自問し、隆一は絶望的な思いに駆られた。パンフレットの表紙の父の顔は、相変わらず笑っている。そんなところで笑ってないで、少しでいい。一緒に、そばにいてくれたらいいのに!

「信じるぞ」

 不意に、教師が言った。

「桐村は嘘をついたりしない。お金を盗んだりもしない。いま、先生は桐村を信じるって言ったんじゃない。もともと、桐村はそんなことをしないって、知ってるんだ。だから、桐村のさっきの話も信じる」

 教師は力強く言うが、教室は白けた空気。少なくとも隆一にはそう感じられた。

「みんな、ありがとう」

 教師は清々しい表情で言った。

「このクラスには泥棒がいないって分かって良かった。給食代はこの後でもう一度、先生たちで探してみる」

 教壇に戻る教師。

「じゃあ、帰りのあいさつをしよう」

 お決まりの挨拶で、波乱の帰りの会は幕を閉じた。はじめのうちは緊張感が残っていたものの、一人、また一人と帰宅をはじめ、冗談を言って笑ったり、そういえば、と好きなアニメの話を始めたりしているうちに、クラスはいつもの空気に戻っていった。

 散乱した荷物を片付けない隆一と、その側に無言で佇む寅泰を除いて。

「先生、さよなら」

 最後に残っていた日直の生徒も帰ってしまい、クラスには隆一と寅泰、そして明日の授業の準備をしていた教師だけになった。

「桐村」

 教師が言った。席に歩み寄ると、屈んで、床に散乱した隆一の荷物を拾い始める。

「ごめんな。先生、うまくやれなくて」

 隆一は無言でうつむいている。

「不思議な質屋さんだよな」

 教師は笑った。馬鹿にされたのかと、思わず顔を上げ、教師の顔を睨みつけた。

「……先生?」

 目を見張った。教師の顔が、亡き父にそっくりだったのだ。寅泰もパンフレットの父の写真と教師の顔を不思議そうに見比べている。

「隆一」

 父の声で、教師が言う。

「よくがんばったな」

 目に涙がにじむ。

「……別に。がんばってねえよ」

 ぷい、と視線を逸らした隆一に、教師は懐かしい父の声で笑いかける。

「……とうちゃん」

 寅泰が思わず呟いたせいで、

「ばか、おまえっ……」

 隆一の目から涙が溢れた。声を上げ泣き出した二人を、在りし日の父の腕が抱きしめた。

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