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質屋・籠の備忘録  作者: 甲乙イロハ
懐中電灯
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 受け取ろうとしない兄弟に桃井は「いいから、とっとけって」と無理やり隆一の手に握らせようとする、が、それでも隆一は受け取らない。桃井の顔から笑みが消える。重い沈黙。しかし隆一と寅泰は拳を握って、

「し、知らない人から物を貰っちゃダメだって、父ちゃんと、母ちゃんが……」

「い、言ってたから! し、死んじゃったけど!」

 言った。桃井はしばらく黙っていたが、一万円札を自分の胸ポケットに押し込むと、

「……いい父ちゃんと母ちゃんだったんだなあ」

 膝を折り、兄弟と視線の高さを合わせた。

「いいか、おめえら」

 桃井は二人の目をまっすぐに見つめて言う。

「俺は昔、劇団員をやってたんだがよ。この世界も演劇と同じで、主役がいるんだ。テレビのヒーローとか、大金持ちとか、映画のスターとかな。だが残念なことに、俺たちは脇役だ。いったん脇役になっちまったら、主役になるのは、まあ無理だ」

 自分たちの未来を否定された隆一と寅泰は本能的に顔をしかめる。

「だがよ」

 桃井はニヤリと笑った。

「どんなに凄え主役でも、主役でいられるのは、ほんの一瞬だ。脇役はしぶとく、いつまでも生き残り続ける。西遊記だって本来の主役は三蔵法師だが、今や脇役の孫悟空のほうが有名だ。脇役だからって諦めるんじゃねえぞ」

 話の内容がよくわからないまま、しかし何となくうなずく兄弟。桃井は再びニヤリと笑い、財布をポケットに押し込んだ。

「ところで、物は相談なんだが……」

 桃井が言いかけた時、

「ああ、こちらにいらっしゃいましたか」

 闇から滲み出るように、キビキが現れた。

「なんだ、おめえ。こいつらの友達か?」

 訊ねる桃井に、キビキが薄く微笑み、会釈する。

「こちらをご覧ください」

 キビキが差し出したのは、なにかの冊子だった。

「それ……」

 隆一がポケットから小さな懐中電灯を取り出し、点けた。照らし出されたのは、白バイ隊員が地方警察のゆるキャラと一緒にうつった、交通安全啓蒙のパンフレットだった。

「お二人のお父さんが昔、交通機動隊にいた頃の写真ですよね」

「……これ、どこで」

「な、なくしたと思ってたのに……」

 目を丸くする隆一と寅泰。いつのまにか、桃井の姿は消えていた。

「正確には、あなたがたの持ち物ではありません。さきほど当店で質流れになった物です」

「しちながれ?」

「その通り。私は質屋でございまして。こちらをお買い求めになられませんか?」

 言われて、隆一は唇を噛む。

「……そんな金なんか、ねえよ」

「兄たん……」

 落胆する二人に、

「他のものを質入れしてくださっても結構ですよ」

「しちいれ?」

「簡単に言えば、お二人が持っているものを、私に売ってください。その代金で、こちらのパンフレットを購入されてはいかがでしょうか?」

「おれたち、売れるようなもん、持ってねえよ」

 顔をしかめる隆一に、

「そちらではいかがでしょう?」

 キビキは隆一が手にした懐中電灯を指差した。

「これ?」

 あの地震が起きる前。生前の両親と、家族みんなでキャンプへ行く前に立ち寄った百均ショップで買ったものだ。夕飯の支度中に母親が結婚指輪をなくし、この懐中電灯を使って夜中まで探して見つけたのを思い出す。幼かった隆一には、懐中電灯がなんでも見つけ出す魔法のアイテムに思えた。そして、その後に食べたカレーの美味かったこと。いま思い出しても、唾が出てくる。

「そちらを質入れしていただけましたら、こちらのパンフレットの代金としては十分。まだ七万円ほど余りますので、残金もお持ち帰りいただけます」

 懐から七万円を取り出し、パンフレットの上に置く。兄弟の目が輝いた。

「これで払えるね、給食代!」

「おう! それも今月分だけじゃねえ。何ヶ月ぶんにもなる! いざって時は、自分らで払えばいいんだ!」

「すごい! やったね!」

 顔を見合わせて笑う兄弟を眺め、キビキは微笑んだ。

「それでは商談成立です。もし、こちらの懐中電灯を取り戻されたい場合は、一ヶ月後までに十万円を……」

 言い終える前に、七万円を隆一が握りしめ、パンフレットを寅泰が胸に抱いた。

「ありがとう!」

 声を揃える兄弟に、

「ご利用、ありがとうございました」

 キビキは深々と頭を垂れた。

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