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立ち上がりざまに堕天使はガードレールを引っこ抜き、カイライめがけて投げつけた。カイライは大剣を盾にし、それを防ぐ、が、激突の衝撃で吹き飛ばされ、コンクリートの擁壁に背中からめり込んだ。
堕天使は負傷した傷から黒い煙を上げながら、抱き合う真由子と巧に向かい、重い足音を響かせ、歩み寄ってくる。
「カイライ」
キビキが呼ぶ。カイライは力を振り絞るが、全身がコンクリートにめり込んでいるため、なかなか脱出できない。
「ブレイシルド、支援を」
キビキが言った。手練の剣士とはいえ肉体的には人間にすぎないカイライは、ブレイシルドの支援がなければ、人の力を越える力は発揮できない。
『言っとくけど、これが最後の闘気だわさ』
瞬時に全身に力がみなぎったカイライはコンクリートを砕き割ると、擁壁から抜け出した。やや深めに腰を落とす。
「ギッシャアアアアアアアッ!」
耳をつんざく奇声を上げた堕天使が、地を蹴る。
高速の突撃に対し、カイライは瞬時に反応、半歩、斜め前へ足を踏み出して躱しつつ、後ろ足の膝をつきながら大剣の切っ先を跳ね上げた。
一閃。
上下まっぷたつに断ち斬られた堕天使は、
「ワタシハ……ワタシ……ハ……ァアッ……」
悲痛な断末魔をあげた。別たれた堕天使の上半身と下半身とが、切断面から少しずつ、黒い霧となって消滅していく。
堕天使の最期を眺めながら、
『……最初からカイライにやらせれば良かったのに……』
大剣が言った。
『あんたらしくないだわさ』
無言のキビキに、
『……救えると思っただわさ?』
ブレイシルドが更に訊ねた。
「そんなつもりはありませんよ。私はただの、しがない質屋ですから」
キビキは薄く微笑んだ。舞い落ちる堕天使の黒い羽根の残骸が、徐々に白く変色し、端切れとなって周りへ散らばっていく。
「……終わった、の?」
呟いた真由子に、
「ご苦労様でした」
キビキが言った。
「おかげさまで、悪質なクレーマーを撃退できました。謹んで御礼を申し上げます」
深々と頭を垂れるキビキに、真由子はどう答えればよいものか分からない。巧の記憶は戻らないが、命を救われたのも事実。しかし、そもそもそれはこの店と関わってしまったせいだが、だからと言って店に真由子とこの町を助ける義務があったわけでもない。
「……ひとつだけ、教えてもらえる?」
「私に答えられることでしたら」
「巧が質に入れたものって、なんなの?」
「そうですね……。お返しはできませんが、ご覧いただくだけなら」
キビキが懐から取り出したのは、ギンガムチェック柄がキラキラ光る、横長の紙切れだった。
「……なに、それ?」
「やはり覚えていらっしゃいませんか」
笑うキビキ。
「こちらは小林さまが桂木巧さまに初めて渡された、バレンタインの手作りチョコ、その包み紙です」
「えっ……?」
そう言えば、と思い出すことさえできない。たしかに手作りしたチョコを渡しはしたが、包み紙までは……。真由子が忘れてしまったようなものを、巧はずっと大切に持っていたらしい。
「……ばっかじゃないの」
思わずふきだした。
「こんな紙切れが、なんで百万もするわけ?」
目元を拭う真由子に、
「桂木巧さまがこの品物に込められた強い思いによって、このお品はどんな相手にも言葉を必ず届けるという力を持ちました。まだ良い品名が思いつかないのですが、じゅうぶん、百万円の価値があります」
キビキは咳払いして包み紙を大切に懐に入れると、
「ご利用、ありがとうございました」
深々と頭を垂れた。




