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眉をひそめるキビキ。
「このままダメージを受け続けると、存在が保てなくなるかもしれません」
「存在が?」
「ええ。簡単にいうと、消滅してしまう、ということです」
ブレイシルドの悲鳴が響いた。堕天使の長く伸びた爪が、むき出しの腹に突き刺さっている。
「もう……もう、やめさせてあげて!」
「そうしたいのはやまやまなのですが」
キビキは腕を片方だけ組み、立てた親指に細い顎を載せた。
「いまブレイシルドを呼び戻すと、あの堕天使は逃げてしまいます。野放しになった堕天使は厄介なんです。彼らは人間の血を吸ったり、人肉を食したりしますが、それはあくまで余興。そもそも人という存在を憎んでおりますので、殺戮自体が大好きなのです。この町ひとつぐらいなら、数日で誰もいなくなります」
「そ、そんな……」
「私の持ち物で唯一、空を飛べるようになるウイングコートを、さきほど失いましたからね。筋斗雲でもあれば話は別ですが、カイライも空の敵とは戦えませんし……どうにか地上へ引き戻さないと」
ふと、キビキは顎を撫でていた手を止め、人差し指を立てた。
「小林さま。少々お力を貸していただけますか?」
この町と、あの女性を救わなければ。真由子は迷わなかった。
「やります!」
そう言ったものの、何をすればいいのか。戦った経験などない。それでも、自分にやれることはなんだってやる。
「おそれいります。それでは、桂木巧さまと手を繋いでください」
しばしの沈黙。
「……は?」
首を傾げる真由子に、
「堕天使は人間の愛を何より嫌悪します。お二人の愛を見せつければ、あれは必ず怒りくるってお二人を襲ってきます。そこを当店の男性スタッフが仕留めます。カイライ、おもてへ」
キビキの呼びかけに応じ、店の奥から赤銅色の肌をした男が歩み出て来た。ざんばらな銀髪が海風になびく。
「堕天使が降りて来たら、殺しなさい」
ざっ、と足を引き、軽く腰を落とすカイライ。たわむ筋肉。獲物に襲いかかる前の虎か豹のようだ。
「それでは、小林さま。お願い致します」
「お願いって……?」
「彼にお二人のラブラブっぷりを見せつけてくださいませ」
「ラ……ラブラブ?」
戸惑いながらも、真由子は眠ったままの巧の手を取り、両手で握りしめた。
「……全然だめですね。手を繋ぐぐらいでは……」
キビキの言う通り、堕天使は地上など見向きもせず、あがくブレイシルドの肌を爪で引っ掻いて傷つけ、いたぶっている。真由子は慌てて巧の上半身を持ち上げ強く抱きしめた。しかし、
「抱擁……でも、だめなようですね」
堕天使は視線すら向けない。
「困りますね。もうちょっと真剣に睦んでくださらないと……」
「む、睦むって、なにしろって言うのよ!」
「そうですね……お二人はまだ未成年ですから、取り急ぎ接吻などはいかがでしょうか?」
「…………はあっ!?」
「おそれいりますが、時間がございません。早急にお取り組みください」
「もう、分かったわよっ!」
真由子にとっては初めてのキス。いつかはするものだとは思っていたが、まさかこんな形で経験することになるとは。
「ん……」
気を失ったままの巧の唇に、自分の唇を押し付けた。ムードも何も、あったものではないが、上空の堕天使には効果てきめん。血の色のごとき眼を燃え上がらせて咆哮、羽根を翻し、一目散に降下して来る。
拳を引き、迎撃の構えをとるカイライに、堕天使が爪を振り上げ、迫る。交錯の刹那、堕天使に貫かれていたブレイシルドの身体が光り、大剣に変じた。その鋭い刃に手や腕、羽根を切り裂かれ、堕天使は悲鳴を上げ道路に墜落、バウンドしながら滑り、ガードレールに衝突して止まった。
『……ひどいめに遭っただわさ』
アスファルトに突き刺さった大剣からブレイシルドの声が響く。
「あとひと働き、頼みますよ。カイライ、剣を」
キビキの指示に従い、カイライが戦乙女の大剣を引き抜き、正眼に構える。
『ほんと、人使いが粗い……』
大剣から不満の声が漏れる。
『闘気切れだから、しばらくこの状態でいなきゃなんないだわさ』
ぶつぶつ呟く大剣に、キビキは苦笑した。
「……来ますよ」




