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質屋・籠の備忘録  作者: 甲乙イロハ
ギンガムチェックの包み紙
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 神父は真由子を蹴倒すと、忌々しそうに鼻の血をぬぐう。

「貴様ら人間一人の命がどうだというノダ! ワタシが今までどれだけの人間を助けてきたと思っテル! あの地震で、ワタシが翼を質に入れなければ、この国は滅びていたんダゾ!」

「いいかげんにしてっ!」

 地面に倒れたまま、真由子は神父を睨み上げる。

「あなたが今までどんな立派な生き方をして来たか、わたしは知らない……でもねっ! だからって、誰かを不幸にする権利なんて、あなたにはないわっ!」

「SHUT UP!」

 神父は真由子の髪をつかみ、ねじりあげ、血走った目でキビキを睨む。

「さっさと翼を返セ! 早くしないと、この娘も殺スゾ! 契約が完了する前にこの娘に死なれたら困るだろうガッ?」

 神父は武器こそ持っていないが、その長い腕で真由子の細い首の骨など簡単にへし折りそうだ。キビキは、ふう、と短く息を吐き、

「……仕方ありませんね。ブレイシルド、ウイングコートを」

 店内に向かって声をかけた、

「は〜い、だわさ」

 妙な訛りの返事の後すぐ、店の中から甲冑をつけたブレイシルドが姿を見せた。両手で抱えているのは、新雪のようにシミ一つない、真っ白なコートだ。

「ご希望のお品はこちら、だわさ」

 ブレイシルドはコートを広げた。裾が広がったロングコート。見た目よりかなり軽いらしく、ふわりと宙に浮き、ゆったりと風になびいている。背中側を向けると、肩甲骨のあたりに銀糸で左右対称に精緻な羽根の図柄が刺繍されている。

「ワタシの翼ッ……!」

 真由子を放り出し、駆け寄って来る神父に、ブレイシルドは反射的に半身になり応戦の構えをとったが、

「構いません。渡してさしあげてください」

 キビキの一言で構えを解き、コートを神父に向かって放り投げた。コートはふわ、ふわ、と空中を漂ってから、神父の手のなかへ引きずり込まれた。

「お……おおお……ワタシの……ワタシの翼……やっと……やっと……」

 嗚咽しながらコートの袖に腕を通す神父に、

「ご満足ですか?」

 キビキが冷たく声をかけた。

「お言葉ですが、あなたにはもう、その服は似合いません。早急にお脱ぎになることをお勧め致します」

「ほざくナッ! これはワタシのもの……遠い昔に、ワタシが父なる神から授かりし、聖なる力……」

「その通り。だからこそ、言うのです。今のあなたが翼を得ても、元には戻れません」

「フン! その手にはのらナイ……見ロ!」

 神父の纏ったコートの背中がふわりと盛り上がり、輝ける白い翼となって左右へ広がっていく。

「お、おお、おおお……」

 こみ上げる歓喜にうち震える神父に、

「最後の忠告です。今ならまだ、間に合います。コートをお脱ぎなさい」

 キビキが鋭く言った。

「うるさい……うるさいッ! ワタシは誰も救うことさえできず、役にも立たない、無力で、無価値な自分などごめんダ! 人間が、これほどまでにか弱いとは知らなかっタ! あれほどまで身勝手だとは思わなかっタ!」

「あなたは考え違いをしていますね」

 キビキはため息まじりに言った。

「いいですか? あなたの父なる神が完全無欠な天使ではなく、不完全な人間を愛するのは、人間の肉体がとても脆く、その命には限りがあるからです。無限の命を持っていれば、なんだって恐れずにできます。きれいごとだって幾らでも言えるでしょう。しかし限りある命の者が、勇気を振り絞って誰かのためにその命をかける時にこそ、魂は最高の高みへと至る。それこそがあなたの父なる神の望みなのです。あなたも翼を失って受肉し、魂を得たことで、せっかくその寵愛を受ける機会を得られたというのに……。あなたは自ら、あなたの父なる神に愛されることを放棄してしまった」

「ノー! 違ウ! 違ウ、違ウッ!」

 神父は髪を振り乱して頭を振る。

「貴様は、ワタシの無知に付け込んで、ワタシから翼を奪い取った……それだけのこと、それだけのことダッ! この、悪魔めッ!」

「……おや。お気づきではないようですね」

 キビキが神父の背後を指差した。

「それは、あなたですよ」

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