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「そこのあなた」
呼び止められて初めて、真由子はそこに質屋があることに気づいた。
(こんなとこに、こんなお店、あったっけ……?)
思い出せない。よく行くお気に入りの店でもなければ、どこにどんな店があったかなど、憶えていないものだ。店は和風の木造で、いまどき珍しい古物商っぽくもある。一枚板の看板には質の文字が刻まれ、それなりに歴史を感じさせるほどには傷んでいるから、昨日今日にできたわけではあるまい。民家の並びに在るため、見過ごしていたのかもしれない。
「わたし?」
自分を指差す真由子に、彼女を呼び止めた少年が店先でうなずく。
「はい。私はこの店の主で、籠忌引と申します」
「あなたが……店主?」
せいぜい小学校高学年ぐらいにしか見えないキビキに、真由子は戸惑った。
「桂木巧さまより、お預かりものがございます」
「……巧から?」
彼氏の名前を出され、更に驚く。
「なになに? 桂木の奴、なんのサプライズなわけ?」
「おれが悪かった。離れてもおれたちはずっと一緒だぜ、的な?」
一緒に下校中だった友人のサキとチエが、きゃあきゃあとはしゃぐ。みんな同じ高校に通うクラスメイトであり、クラス全員、真由子と巧が付き合っていることは知っている。
「なんか面白そうじゃん! マユ、いこっ、いこっ!」
「ちょっ、ちょっと!」
テンションの上がった友人たちに半ば連行されるような形で、真由子は店内へ駆け込んだ。拍子に、扉に下げられていたチャイムの鈴がしゃららん、と、軽やかに鳴る。
(うわあ……)
店内は、物でいっぱいだった。質屋であるなら、高級バッグやアクセサリー、宝石などが並んでいる……のかと思いきや、そうではない。かといって、古物商らしく刀剣や陶芸品、美術品ばかりが陳列されているわけでもない。ある物と言えば、何に使うか分からない物ばかり。幼児向けの目覚まし時計に、使い込まれたトランプ、百円ライター、名前の書かれた給食袋、割れた眼鏡、虫かご、古いダイヤル式の黒電話、万年筆、シンバルを持つ玩具の猿、コスプレっぽい衣装を着た銀髪男のマネキン、燭台、古新聞、乳酸菌飲料の容器で作られた恐竜、ミサンガ、鹿の角、壁にかけられた大きな盾、両端に金箍が嵌まった金棒、ネットに入ったビー玉、松葉杖。
掃除は行き届いており、品物には塵一つついていない。ただ混然と並ぶ品々に、奇妙な不安をかき立てられ落ち着かない。
「もう行こうよ」
真由子はそう囁いて、店内を面白がって見回る二人の友人の手を引いた。
「もうちょっと見てから……わっ! ほら、これ見て! 変なの。こんなの、なにに使うわけえ?」
サキが手にしているのは、ラジコンかなにかのリモコンだ。電池も入っていない。
「それなら、こっちの方が……」
チエは縦笛の吹き口の部分だけを手に、大笑いしている。互いに見つけた奇妙な品物を見せ合い、
「つかえねー」
と、さらに盛り上がるサキとチエ。
「ちょっと、お店の人がいるんだから……」
真由子が注意するが、二人は聞く耳を持たない。
「お客さま」
呼びかけられ、反射的に身を縮る真由子。怒られる! 怯えつつ、そろりと振り返る。
「桂木巧さまよりお預かりしているものは、こちらでございます」
キビキがカウンターに、ぽん、と、事も無げに置いたのは、札束だった。
「……お金?」
不審げに眉をひそめる真由子に、キビキはうなずき、
「先日、桂木巧さまからお預かりした品が質流れとなり、当店の所有物となりまして。つきましては、その代金を当店から小林真由子さまにお渡しするよう、承っております」
「なんの話?」
「小林真由子さまが、都心のお菓子づくりの学校へ通うための入学金に充ててほしい、とのことでしたが……」
「……巧が?」
真由子は顔をしかめた。一週間前、その件で巧とは喧嘩したままなのだ。母一人子一人の真由子の家は、決して裕福ではない。しかし、お金を借りてでも都会に出て、製菓学校へ行き、パティシエになりたいと夢を語る真由子を、巧は応援してくれていた。
なのに、あの日。急に変なことを言いだすから。我慢できなくなって、怒りを爆発させてしまった。
「お客さま」
キビキの声に、あの時に飛んでいた真由子の意識が今に引き戻される。




