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「どうぞ、だわさ」
純白のレース編みのテーブルクロスに、紅茶が置かれる。シンプルに紺色一色で蔦飾りの模様が描かれた白磁のティーカップから、芳醇な香りを含んだ湯気が立ち上る。
「……なんだわさ?」
紅茶を供した女が首を傾げる。
「あ、いえ。別に……はは」
男は視線を下げて愛想笑いした。女の奇妙な喋り方も気になるが、それ以上に、その容姿が不可解だった。腰まで届く、燃えるような赤色の髪に、緋色の瞳。鼻梁は高く、明らかにこの国の人間ではない。しかも中世の騎士よろしく、白銀色に輝く甲冑を身につけている。ただし、その背甲はパーティドレスのように深く開き、胸当ては大きく張りのある胸を強調するような造形をしているため、その抜群のスタイルと相まって非常に扇情的だ。これで腰から剣でも提げていれば、まさに北欧神話に登場する戦乙女だ。
「鑑定は久しぶりだわさ」
女は子供っぽい、無邪気な笑顔を浮かべると、
「店主の準備ができるまで、もう少し待っててだわさ」
踵を返して店の奥へ消えていった。
特に何をするでも、考えるでもなく、古い時計の針が時を刻む音を聞きながら待っていると、
「お待たせして申し訳ございません」
さきほどの少年がやって来た。
「こいつがなかなか見つからなくて」
右目にかけた年代物の片眼鏡を指差し、少年は頭を下げた。
「さて。それでは……」
顔を上げ、両手をもみ合わせる少年に、
「君が……店主?」
男は思わず訊ねた。
「ええ」
男の問いにさらりと答えた少年は、円卓を挟んで正面の籐の椅子に腰掛けた。
「私が質屋〈籠〉の店主、籠 忌引です。お見知りおきを」
キビキ? 妙な名前だ。それにこんな、まだ年端も行かない少年が店主だなんて、いくら小さな店だといってもありえない。
「大人の方は……いないんですか?」
男が言うと、奥で鈴が鳴るような笑い声が上がった。さっきお茶を出してくれた女だろうか?
「当店の鑑定は、私が行います」
少年は淡々と言ったが、その顔からは笑みが消えている。
「ご不満でしたら、お引き取りいただいても結構ですが……」
「い、いや。そういうわけでは……」
少年から発せられる圧迫感に、男はごくり、と生唾を飲み込むと、
「……宜しくお願い、します」
頭を下げた。途端、息詰まるような圧が嘘のように消え失せた。
「よかった。それでは、お品を拝見致します」
言われ、男は膝の上に置いていた黒電話を少年に差し出した。キビキは白い絹の手袋をはめ、黒電話を優しく持ち上げた。眼を凝らし、四方八方から見つめ、観察する。真剣に鑑定する姿は堂に入ってはいるが、どう見てもただの少年。さきほどのコスプレ女といい、からかわれている気がしないでもない。いや、あるいは鑑定料と称して何か法外な要求をされるのかも……。時間が経つにつれ不安が募っていく男に、
「ご心配は無用です」
ダイヤル部分の動きを丁寧に調べつつ、キビキが言った。
「鑑定無料は、今や業界の常識。当店はコンプライアンスを重視しておりますので、ご安心を。……ああ。これは失礼。どうぞ、冷めないうちに」
勧められるままカップを手に取り、紅茶をすする。茶葉はダージリン。砂糖なしでブランデーを一さじ。男の好みにぴったりだ。温度も熱いが、ちょうど良い。そういえば、真夏だというのに、部屋は少し肌寒い。汗もとっくに引いている。目につかない場所で強力なエアコンが駆動しているのだろうか。機械音も聞こえないが……。
「もう少しお時間を頂戴致します」
キビキが言った。
「よろしければ、店内をご覧になっていてください。お気に召した商品がございましたら、販売もしておりますので」
男はうなずき、カップをソーサーに戻して立ち上がった。
白熱灯がぶら下がる店内は薄暗く、木造で非常に古いが、掃除が行き届いているために不潔さは感じない。埃っぽさもなく、地方の小さな博物館、といった風情だ。
しかし、置いてある品物は雑多で、正直、訳の分からないものだらけだ。
棚に並べられた壷や鉢、食器、ガラスケースに入れられた懐かしのヒーロー人形はまだしも、使い込まれたアルミ製のスーツケース、金属製の懐中電灯、銭湯にありそうな大きな体重計、アイドルの顔写真が貼られた団扇に、羽なしの扇風機、ノーブランドの万年筆、大小様々の試験管、アルコールランプ、ベル式の目覚まし時計、跳び箱の八段目と最上段、半畳の畳、半分に割られた竹、すのこ、炊飯ジャー、真新しい剣道着、金棒、竹箒、額縁に入れられた賞状、どこにでもありそうな土鍋、百均にありそうな薬缶、マトリョーシカ。
到底、特別な価値などありそうもない品物ばかりが並ぶなか、
「……なんだ、こりゃ?」
壁にかけられた、ひときわ奇妙な品物を見て、思わず吹き出した。しん、とした店内に自分の笑い声が響き、あわてて口をふさぐ。
(気を悪くしたかな?)
鑑定中のキビキを横目にし、その様子に変化がないことを確認してから、壁の品物に視線を戻す。
一見、凧型の盾のようだが、よく見れば左右の縁は鋭く研がれており、巨大な剣のようでもある。実際、盾の上部には長い柄もつけられているため、あながち的外れでもないのかもしれない。そう言えば、古代中国では騎馬ごと武者を叩き斬る、斬馬刀という巨大な剣が存在したらしいから、その一種なのかもしれない。
店員といい、置いてあるものといい、なにもかもが変てこな店だ。質屋というのはカムフラージュで、実は裏稼業がある、危ない店なのかもしれない。
(深入りする前に帰った方がいいな……)
男は再び鑑定するキビキの背中を横目で見遣りつつ、柱のほうへ歩を進めた。柱の周囲の暗がりには、美術教室にありそうな石膏の彫像や、百貨店に立てられていそうな洋服を着たマネキンがいくつか並んでいる。
「……へえ。これはよくできてるな」
映画かなにかで使われたのだろうか。完璧に彩色された、今にも動き出しそうな、若くてたくましい、赤銅色の肌をした男の等身大人形に近づく。人形の周囲に置かれた道具を見る限り、古代中国の鍛治職人でも模しているのだろう。ぼさぼさの銀髪もまるで本物だが、小指にはめられた鉄色の指環だけは、まるで子供の遊び、あまりに不格好だ。思わず手を伸ばし、
「ひっ……」