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質屋・籠の備忘録  作者: 甲乙イロハ
婚約指環
19/82

19

「はい。これ、だわさ」


 ブレイシルドが巻物の束をカウンターに置いた。どれも金銀糸の織物で装丁され、表題の教典名は金箔で刻印されている。


「ありがとうございます」


 目を輝かせるキビキ。


「まさにこれです。素晴らしい」


 キビキは片眼鏡を装着すると、新しい絵本を一度にたくさん与えられた子供のように、巻物を次々と開いては閉じていく。


「助かりました。しかし、長旅になってしまいましたね」


 嬉々として巻物を鑑定するキビキを眺め、ブレイシルドの口元も自然に緩む。


「なんだかんだあったけど、長安は活気があって楽しかっただわさ」

「それは良かった」


 巻物から目を離せないながらも、微笑むキビキ。対して、ブレイシルドは渋面をつくり、


「問題はあいつだわさ。急に帰るのやめたァーなんて。報酬を持ち帰るまでが仕事だってのに、ほんと身勝手な猿だわさ」

「よっぽど、あのお坊様を気に入ったんでしょう」

「それに、これ!」


 ブレイシルドは背負っていた金棒を床に下ろすと、


「ピンチには必ず駆けつけるから、証文がわりに預けとくって……そんなの、おまえが勝手に決めるなってんだわさ」


 面倒くさげに壁に立てかけた。店自体がみしりと揺れる。


「まあまあ。これを預けるということは、必ず戻るということなのでしょうから」

「キビキはあいつに甘すぎるだわさ。いっぺん、きついお仕置きをしないと、だわさ」

「そうですね。ただ私の知る限り、彼にお仕置きできる方法が見当たりません」

「尻を引っ叩いてやるだわさ。もっと真っ赤になるまで、こうやって!」


 ブレイシルドは鋼の手甲を打ち鳴らして笑う。


「それで、このお経の山。何に使うんだわさ?」

「このまま使うのではなく、当店の商品にします。いずれ、素晴らしい力を備えるはずですから」


 キビキはそう言うと、巻物を一巻ずつ大切に、壁際の書棚にしまい込んだ。訳が分からず、ブレイシルドは肩をすくめる。


「ああ、そうだわさ。帰ってくる途中、噂になってたんだけど」

「なんですか?」

「戦が始まるらしいだわさ。呑気なこの国のやつらにしては珍しく、燕姫を殺された復讐だって、盛り上がってるだわさ」

「ああ、その話ですか」

「例の帝国も、ものものしい雰囲気だっただわさ」

「……でしょうね。燕姫に袖にされた第一皇子が、帰路の道中、国境あたりで何者かに襲撃され、殺されたそうですから」

「皇子が持ち帰ろうとして行方不明になったままのダイヤの祟りか、殺された燕姫の呪いだって噂もあるけど、あれは本当だわさ?」


 ふん、と鼻を鳴らすキビキ。


「呪いだなんて。バカバカしい」

「もし戦が始まったら、ちょっと見に行って来てもいいだわさ? 強いがいたら、故郷へ連れて行きたいだわさ」

「戦死者のヴァルハラへ、ですか? そもそも今の両国にそれほどの勇者がいるとは思えませんが……」


 言いかけて、ふと蛮鷹のことを思い出した。彼は、なかなか戦士として見込みがあったように思う。あの時、今は亡き燕姫から預かった、王家伝来のロケットと不格好な指環は、引き出しに入ったままだ。質入れされてから、ちょうど一ヶ月になる。契約者である燕姫が亡くなった以上、このまま何も音沙汰がなければ、品物は自動的に質屋「籠」の所有物となる。

 キビキが顎を撫でながら契約書を確認していた時。店のドアが開いた。


「う……」


 呻き声とともに入って来たのは、着衣がぼろぼろになった蛮鷹だった。体じゅう擦り傷や打ち身の痕がある。浅いが、刀傷も見受けられる。


「いらっしゃいませ」


 ふだん通り、変わらず出迎えるキビキを見つめたまま、蛮鷹はカウンター席へ倒れ込むようにして座った。ふうう、と胸に溜まった息を吐き出す。担いで来た頭陀袋を床へ放り出し、ブレイシルドが供した水を一息で飲み干した。


「……返して、くれ」


 かすれた声で、蛮鷹が言った。目がぎらつき、野生の獣のようだ。腰帯に差した鎚に付着している赤茶色は、錆ではなく、誰かの血だろうか。


「聞いてんのか? 返せって言ってるんだよ!」


 声を荒げた蛮鷹が、拳でカウンターを殴りつけた。樫の一枚板が軋む。


「あんたねえ……ここをどこだと思ってるだわさ」

「うるせえっ!」


 怒鳴った蛮鷹に、眉根を寄せたブレイシルドが詰め寄ろうとしたのを、キビキが腕を上げて制する。


「ブレイシルド。あなたは奥へ」

「だけど……」

「大丈夫です。このお客さまは二度目のご来店。私に任せて、あなたは休んでください」


 キビキに命じられたブレイシルドは、やや憮然としながらも踵を返し、店の奥へ消えた。


「さて。改めまして……」


 咳払いをして、キビキが蛮鷹を見つめる。


「ご用件は?」

「返してくれ。俺が造った……あいつが……燕がずっと持ってた、あの指環を」

「あちらは燕姫様の所有物です。あなたには返却を請求する権利がありません」

「じゃあ買うからよおっ!」


 床の頭陀袋を開き、蛮鷹が取り出したのは、あの巨大ダイヤ、国宝〈八雷〉だった。それを一瞥し、キビキは「ですから」と、ため息をつく。


「先日も申し上げましたが、これはあなたの所有物ではありません。また、執着も思い入れもないお品は、当店ではお取り扱いできかねます」

「いいじゃねえか。これを売れば、ひと財産できるだろ?」

「それなら、どこかで売ってからお越し下さい。指環だけなら、質流れ後に金貨六枚でお売り致します」

「な、なんでだよ。借りたのは金貨四枚だろ?」

「あなたは燕姫ご本人ではありませんから、質流れしたお品をお買い上げいただく形になります。この場合、当店の利益が加算されますので」

「は……」


 蛮鷹はカウンターに肘を落とし、頭を抱える。


「……だめなんだ。……知ってるだろ? 俺は、お尋ね者だ。どこへ行っても敵だらけ……こいつを金貨どころか、銅貨一枚に換えるのだって、今の俺には到底無理だ。だから、このダイヤで……」

「たいへん残念ですが、お受けできかねます」


 言葉とは裏腹に無機質なキビキの応えに、蛮鷹はうなだれた。カウンターに額をつけ、両手の拳を握りしめる。


「頼むよ……なんとかしてくれよ……」

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