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質屋・籠の備忘録  作者: 甲乙イロハ
婚約指環
17/82

17

 凛、と響いたのは、少女の声だった。見れば店の入り口に、この国の豪奢な伝統衣装を着た少女が立っていた。何枚も重ねられた布生地によって隠されているが、肌はこの国の民の証である赤銅色だ。八本の長い簪で結わえ上げられた豊かな銀髪は、まるで工芸品かオブジェのようだ。


「双方、刃をおさめなさい」


 そのつぶらな瞳をわずかに細め、少女が言った。


「燕姫様、わ、我々は……」


 憤懣やるかたないといった面持ちで言い募る近衛兵たちに、燕姫が優しく微笑みかける。

「ご苦労様でした。賊を捕らえてくださいましたこと、皆様の主上……いえ、我らが殿もお喜びになるでしょう。あとのことは、このわたくしにお任せを」


 姫が宣言した。


「し、しかし!」

「賊めは我が国の者。わたくしが身代を預かります」


 そんな理由では納得できない、そう言い出さんばかりの近衛兵たちに、


「明日には、わたくしはそなたらの主上の妻となる身。ここは言うことを聞かれた方が、御身のためかと」


 燕姫はやんわり言ったが、その物言いには有無を言わせぬ、命じることに慣れた者特有の従わせる力がある。ほどなく、


「……ちっ」


 あからさまに舌打ちし、近衛兵は刀を鞘に戻すと、倒された仲間たちに手を貸し、立ち上がらせた。燕姫にあるかなしかの一礼を残し、店から出て行ったのを見計らって、


「……蛮鷹」


 姫が男に呼びかけた。頭に巻いていた手ぬぐいをほどき、鎚を拭いていた蛮鷹が振り返る。


「……なんだよ」


 むすっと不機嫌に返事した蛮鷹、その頬を、


「愚か者っ!」


 叫んだ燕姫の平手が打った。


「な、なにすんだよっ!」


 掴みかからんばかりに吠えた蛮鷹を見上げ、


「それはこっちの台詞です!」


 燕姫はまったく物怖じせず言い放った。蛮鷹が口をつぐんだところで、燕姫はカウンターに置かれたダイヤに目を遣った。その瑞々しい唇の隙間から、深いため息が漏れる。


「なぜ、このようなことを……。知っているでしょう? 〈八雷〉は我が国の秘宝。それを盗み出すなんて……」

「そのご大層な秘宝を持参金にして嫁入りするんだろ、おまえ?」


 指摘された燕姫は眉を吊り上げ、


「仕方ないじゃないっ!」


 どん、と床を踏み鳴らした。

「相手はあの帝国の第一皇子なのですから!」

「おまえだって第一王女、しかも初婚じゃねえか。なのに、おまえは第六皇妃だなんて、ふざけた話だぜ。その上、国宝まで寄越せだなんてよ。なめやがって……」

「それでも、耐えるしかありません。石高、人口、兵力、科学力、情報収集能力、いずれを比べても我が国が帝国に勝るものはありませんから」

「俺たちの鍛造つくる武具があるじゃねえか」

「ええ。あなたたち宮廷鍛治師がつくる武器や防具は、たいへん優れています。一対一なら、どんな敵にだって敗けないでしょう。しかし、圧倒的に数が足りません。それに、武器や防具に使う鉄は、我が国では多くは産出できませんから、戦となっては補給が……」

「分かってんだよ、そんなことはっ!」


 蛮鷹が大声を張り上げた。


「だけど、他に方法が思いつかなかったんだよ! おまえがあんな奴に嫁ぐなんて言い出さなけりゃ……」

「な、なにを言っているの! あなたが軍隊に入ったりするからじゃない! 戦争をするやつは馬鹿だなんて、あんなに嫌がってたくせに!」

「それはっ……」

「あげくの果てに、鍛錬し過ぎて王国一の大剣士なんかになっちゃってっ……。もし今、戦にでもなったら、あなた絶対、最前線で戦わされるわ。ああ、もう! 本当、どうして軍なんかに……」

「うるせえな! おまえを守るためだろ!」

「わ、わたくしを……?」


 呆然とする燕姫に、


「あー、言っちまった……。よりによってこんな時に、くそっ」


 蛮鷹はばりばりと頭をかき、腕を組むと、天井を見上げ、ため息をついた。


「……俺は、ずっとお前が好きだった」


 諦めた顔で、手にした鎚を眺めながら、蛮鷹が話し始める。

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