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凛、と響いたのは、少女の声だった。見れば店の入り口に、この国の豪奢な伝統衣装を着た少女が立っていた。何枚も重ねられた布生地によって隠されているが、肌はこの国の民の証である赤銅色だ。八本の長い簪で結わえ上げられた豊かな銀髪は、まるで工芸品かオブジェのようだ。
「双方、刃をおさめなさい」
そのつぶらな瞳をわずかに細め、少女が言った。
「燕姫様、わ、我々は……」
憤懣やるかたないといった面持ちで言い募る近衛兵たちに、燕姫が優しく微笑みかける。
「ご苦労様でした。賊を捕らえてくださいましたこと、皆様の主上……いえ、我らが殿もお喜びになるでしょう。あとのことは、このわたくしにお任せを」
姫が宣言した。
「し、しかし!」
「賊めは我が国の者。わたくしが身代を預かります」
そんな理由では納得できない、そう言い出さんばかりの近衛兵たちに、
「明日には、わたくしはそなたらの主上の妻となる身。ここは言うことを聞かれた方が、御身のためかと」
燕姫はやんわり言ったが、その物言いには有無を言わせぬ、命じることに慣れた者特有の従わせる力がある。ほどなく、
「……ちっ」
あからさまに舌打ちし、近衛兵は刀を鞘に戻すと、倒された仲間たちに手を貸し、立ち上がらせた。燕姫にあるかなしかの一礼を残し、店から出て行ったのを見計らって、
「……蛮鷹」
姫が男に呼びかけた。頭に巻いていた手ぬぐいをほどき、鎚を拭いていた蛮鷹が振り返る。
「……なんだよ」
むすっと不機嫌に返事した蛮鷹、その頬を、
「愚か者っ!」
叫んだ燕姫の平手が打った。
「な、なにすんだよっ!」
掴みかからんばかりに吠えた蛮鷹を見上げ、
「それはこっちの台詞です!」
燕姫はまったく物怖じせず言い放った。蛮鷹が口をつぐんだところで、燕姫はカウンターに置かれたダイヤに目を遣った。その瑞々しい唇の隙間から、深いため息が漏れる。
「なぜ、このようなことを……。知っているでしょう? 〈八雷〉は我が国の秘宝。それを盗み出すなんて……」
「そのご大層な秘宝を持参金にして嫁入りするんだろ、おまえ?」
指摘された燕姫は眉を吊り上げ、
「仕方ないじゃないっ!」
どん、と床を踏み鳴らした。
「相手はあの帝国の第一皇子なのですから!」
「おまえだって第一王女、しかも初婚じゃねえか。なのに、おまえは第六皇妃だなんて、ふざけた話だぜ。その上、国宝まで寄越せだなんてよ。なめやがって……」
「それでも、耐えるしかありません。石高、人口、兵力、科学力、情報収集能力、いずれを比べても我が国が帝国に勝るものはありませんから」
「俺たちの鍛造る武具があるじゃねえか」
「ええ。あなたたち宮廷鍛治師がつくる武器や防具は、たいへん優れています。一対一なら、どんな敵にだって敗けないでしょう。しかし、圧倒的に数が足りません。それに、武器や防具に使う鉄は、我が国では多くは産出できませんから、戦となっては補給が……」
「分かってんだよ、そんなことはっ!」
蛮鷹が大声を張り上げた。
「だけど、他に方法が思いつかなかったんだよ! おまえがあんな奴に嫁ぐなんて言い出さなけりゃ……」
「な、なにを言っているの! あなたが軍隊に入ったりするからじゃない! 戦争をするやつは馬鹿だなんて、あんなに嫌がってたくせに!」
「それはっ……」
「あげくの果てに、鍛錬し過ぎて王国一の大剣士なんかになっちゃってっ……。もし今、戦にでもなったら、あなた絶対、最前線で戦わされるわ。ああ、もう! 本当、どうして軍なんかに……」
「うるせえな! おまえを守るためだろ!」
「わ、わたくしを……?」
呆然とする燕姫に、
「あー、言っちまった……。よりによってこんな時に、くそっ」
蛮鷹はばりばりと頭をかき、腕を組むと、天井を見上げ、ため息をついた。
「……俺は、ずっとお前が好きだった」
諦めた顔で、手にした鎚を眺めながら、蛮鷹が話し始める。




