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質屋・籠の備忘録  作者: 甲乙イロハ
婚約指環
15/82

15

 城を脱け出した時と同じく、少女の案内に従い秘密の抜け穴を通って、蛮鷹は庭園の橋の袂まで戻ってきた。


「おまえの家まで送ってくよ」

「……家?」


 首を傾げる少女。


「わたくしの家は、ここです」

「お城が、おまえの家?」


 今度は蛮鷹が首を傾げた。


「おまえの父ちゃん、お城に住み込みなのか?」


 蛮鷹の問いに、少女は微笑みながらうなずいた。


「そうか。あ、そうだ」


 蛮鷹は今思いついたかのように切り出した。


「俺、蛮鷹っていうんだ。宮廷鍛治師、蛮鷲の息子だ。おまえ、名前は?」


 問われた少女は、少し躊躇ってから、


「燕」


 と答えた。


「へえ。燕、か」


 蛮鷹は何度かその名を呼び、うなずくと、


「また遊ぼうな、燕」

「こちらこそ。宮廷鍛治師蛮鷲の子、蛮鷹」

「なんだよ、それ。鷹でいいよ」


 笑い合いながら、並んで天守閣へ向かおうとした時。


「鷹? 鷹か!」


 行灯を掲げた蛮鷲が駆け寄って来た。


「どこに行ってたんだ」

「え? いや、ちょっと。秋虫を探してて……」

「そうか。無事なら、それでいい」

「なんだ? なにかあったのか?」


 見れば、天守閣が騒々しい。宴の喧騒ではなく、別種の慌ただしさ。座している者は一人もなく、上へ下へ、人の行き交いが激しい。


「姫様がいなくなられたらしい」

「えっ!」


 驚く蛮鷹。その背後で身を縮める少女。


「おい、鷹。その子は……」


 蛮鷲が問いかけた時、


「いた、いた! 貴様ら、こんなところで何をしておるか!」


 お付きの女官たちに行灯を提げさせた、小太りの男がやって来た。流行りの吉祥文様をふんだんに縫い込んだ、豪奢な儀礼服を着込んでいる。


「大丞様」


 頭を垂れる蛮鷲。


「姫君はまだ見つからぬのか。こんな時にも役に立たぬ奴らよ」

「まこと。父上の仰る通り。火司は役立たずの間抜けばかりにて」


 追従した少年は、先刻、列に並んでいた時に蛮鷹に絡んできた五人組のうちの一人だ。


「人手がいる! 工人どもを皆、すべて連れて来て手伝わせるのだ」

「大丞様の御下知でも、それは無理でございます。弟子たちには祝賀の日ぐらいは休ませてやると伝えておりますので、誰がどこで何をしているかも分かりませぬ。見つけたとて、酒房で呑んだくれておるか、女のところで腑抜けておるかで、到底役に立ちますまい」

「貴様ら部民の都合など聞いておらん! 言い訳は良いから、疾くかからぬかっ!」

「せめて火司の判官様にお尋ねを……」

「緊急事態であるぞ! 国難である! 早急に対処せねば、貴様ら一族郎党を反逆者として……」

「おお、それはご勘弁を」


 愛想笑いを浮かべる蛮鷲。やや芝居がかってはいるものの、筋道通らぬ無理難題に大丞の面子も潰さぬ配慮が、却って大丞の癪に触った。


「……ふん、小賢しい」


 大丞は鼻で嗤った。


「なんの役にも立たぬ穀潰しの分際で、一人前に子など儲けおって。貴様とどこぞの馬鹿女では、その餓鬼もどうせろくな者では……」


 ごつっ、と、鈍い音が響いた。


「……あ?」


 顔面を拳で打たれた大丞の鼻から血が滴り落ちる。


「大丞様!」

「父上! き、貴様! 判官にこのような真似をして、ただで済むと思うな!」


 女官ら取り巻きたちも騒ぐ中、蛮鷲は引いた拳を一瞥し、


「わるいな、鷹。やっちまった」


 蛮鷹に向かって笑った。銀髪を掻きがてら、結わえていた髪紐を解く。


「ったく」


 肩をすくめた蛮鷹が、前へ駆け出す。迫る蛮鷹に焦った大丞の息子が、


「ひ、控えよ、下郎! 退がらぬかっ!」


 叫ぶその両の肩をつかまえ、額に頭突きを打ち込んだ。痛みの声も上げられず、無言でうずくまる姿を見下ろし、


「けんか慣れしてねえな。お坊ちゃん」


 蛮鷹は自分の額をぺちんと叩いてみせた。


「これで俺も同罪だ」

「鷹、おまえ……」

「もう、うんざりだっ! バカにされるのはっ!」


 蛮鷹は叫んだ。


「親方がお縄になるなら、俺も一緒に縛につく。獄なら獄、死刑なら俺も一緒に死ぬ。そしたら、蛮が受け継いで来た鍛治の技はここで途絶えるだろ? いいさ。この国に俺たちが、俺たちの技が必要なのか、必要じゃないのか、はっきり決めさせようぜ」

「おまえってやつは……」


 呆れたような、喜んでいるような、悲しんでいるような、何とも言えない表情で息子を見つめる蛮鷲。


「これは叛逆だ! 死罪! 死刑にしてくれる!」


 女官に鼻血を抑えてもらいながら、大丞が叫んだ。


「一族郎党、みな死刑だ! 楽には死なせぬぞ! 一番苦しむ刑罰で……まずはおまえの息子を、おまえの目の前で八つ裂きに……」

「謝罪なさい!」


 大丞の罵声どころか、城の喧騒が一瞬やんだかと錯覚するほど通る声で言ったのは、あの少女だった。


「疾く、謝罪をなさいませ。今ならば見逃しましょう」


 言った少女が何者か分からない上、無地の白装束という珍奇な姿格好であるものの、数多の権力者に追従して来た大丞には、他人に命じ慣れたその口調に、少女がかなりの地位、家柄の者であると瞬時に判断した。


「お、お嬢様! どなた様かは存じ上げませぬが、一部始終をご覧だったならば、裁きの場では、ぜひお口添えを賜りたく、お願い奉り……」

「何の考え違いをしておるか!」


 少女はピシャリと言った。


「謝るべきは、汝らだ」

「は……?」

「彼ら火司のつくりだす武器と防具は、我が国を支える大切な柱。そんなことも分からず官職を務めるとは嘆かわしい」


 あまりに予想外の展開に呆気にとられる大丞に、


「彼らを愚弄することは、我らが国を愚弄するに等しいと知れ。この、痴れ者が!」


 少女が畳み掛けた。我を取り戻した大丞の顔が、みるみるうちに怒りで真っ赤に染まる。


「おい、お前っ!」


 大丞に寄り添っていた息子が飛び出し、少女につかみかかった。


「父上になんという口の効き方をっ! どこの下働きだか知らんが、ただで済むと思うなよっ!」


 頭一つ大きな少年に胸倉を掴まれ、凄まれた少女は一瞬、怯んだ。しかし、


「……諦めるのは、戦ってから……!」


 あの異国の、炎髪の女戦士の言葉を小さく呟いた。


「なにをゴチャゴチャと……」


 怒り狂った少年が少女を殴りつけようと拳を上げた瞬間、


「無礼者っ!」


 少女が雷鳴のごとき声を轟かせた。再びおとずれた一瞬の静寂の中、


「わたくしの名は、燕! この国の第一王女である!」


 燕姫の名乗りがこだました。

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