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質屋・籠の備忘録  作者: 甲乙イロハ
婚約指環
13/82

13

 天守閣を囲う庭園には池があり、朱塗りの橋が架けられている。

 栗餡がたっぷり詰められた饅頭にかじりつきながら、蛮鷹は一人、橋の真ん中の欄干に座っていた。月が雲に隠れ、輝きを増した星々を見上げていると、天地が逆さになって、自分が空へ向かって落ちていくように感じる。その感覚が蛮鷹は好きだった。

 きし。

 池の鯉が跳ねたのではない。橋板の軋む、足音だ。誰かが橋を渡ってくる。

 きし。きし。


「……父ちゃん?」


 暗闇に尋ねた途端、足音が止まった。欄干から橋桁へ跳び降り、目を凝らす。

 雲が晴れた。月明かりに照らされて浮かび上がったのは、白の単衣に白袴姿の少女だった。七本の簪で結わえられた豊かな銀髪。驚いて見開かれた円らな瞳に、少し上向き加減の小さな鼻。ふっくらした唇が、柔そうな両手で覆われる。


「なんだ、おまえ?」


 蛮鷹が声をかけると、白装束の少女は慌てて踵を返した。


「おい、待てよ!」


 走り去ろうとした少女の背に向かって、


「なんで泣いてんだよ!」


 蛮鷹が叫んだ。少女の足が止まる。


「ここ、おまえの場所なんだろ? ごめん。俺、もう行くから」


 立ち去ろうとした蛮鷹を、


「待って!」


 振り返った少女が引き止めた。首をかしげる蛮鷹に、


「……一人になるのは、嫌なのです」


 少女は伏し目がちに呟いた。


「わたくしは、いつも一人ぼっちだから……」

「父ちゃんと母ちゃんは? いないのか?」

「お父様は一緒に暮らしてはいるけれど、忙しくて滅多に会えません。お母様は亡くなりました。去年……病で」

「そっか。そりゃ、さびしいな」


 少女はうなずいた。袴の太腿あたりをぎゅっと握る。


「俺はいつも父ちゃんが一緒にいるから寂しくないけどな。友達は?」


 頭を振る少女。


「じゃあ、おれが友達になってやろうか?」

「まことですか!?」


 目を輝かせる少女。


「今度、うちの工房に遊びに来いよ。おれ、鍛治師なんだ」

「ぜひに!」


 少女は叫んだ。


「父がいつも、火司はこの国の支えであると」

「わかってるじゃん、おまえの父ちゃん」


 蛮鷹と少女は揃って破顔した。


「それでは、まいりましょう」


 少女は蛮鷹の手を取ると、橋の反対側へ向かって歩き出した。


「まいりましょう、って……今からか?」


 手を引かれ、戸惑う蛮鷹に、うなずく少女。


「今日はまずい。お姫様の名前が発表されるまで、お城の中にいなくちゃ駄目なんだ」

「なら、それまでに帰れば良いのです」

「駄目だって。城門を通る時に名前を聞かれるだろ? そしたら、城の外に出たのが父ちゃん……じゃねえや。親方にばれちまう」

「あら。簡単よ。門を通らなければ良いのです」


 少女は悪戯っぽく微笑んだ。

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