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せっかちな秋虫たちの唄が聞こえないほど、都は喧騒に包まれていた。
あらゆる灯火が焚かれた城郭が、のぼった満月にさらに照らされ、あたかも燃え上がっているようだ。城下町には出店が並び、夜遅くだと言うのに騒ぐ人々でごった返している。
「つまんねえの」
城の天守閣、太天守と物見櫓に渡された渡り廊下から城下町を見下ろしながら、少年は憮然と呟いた。隣の父親は、着飾った文官が繰り出すくだらない醜聞に愛想笑いを浮かべている。ため息をつき、再び町を見下ろした。目を凝らせば、提灯に照らされた子供たちの姿も見える。串焼きを食べたり、林檎飴を舐めたり。金魚すくいに、外国産の細工物。
あっちとこっち、どっちがいい?
もし聞かれたら、断然、あっちだ。
「たいへん愉快なひと時でございました、蛮鷲殿。それではわたくしはこれにて……」
文官の何某かが会釈して去って行くと、少年の表情がぱっと晴れた。
「さ、帰ろうぜ!」
「だめだ、鷹」
「えーっ!」
あっさりと断られた少年、蛮鷹は、短く刈られた銀髪を掻きむしった。
「なんでだよ! もういいじゃねえか。飯も食ったし、いつもならとっくに帰ってるだろ」
「何回も言っただろ。今日は姫様の八回目の生誕祭だからな」
言いながら、父は立ったまま盃を煽る。普段は手ぬぐいに押し込んでいるだけの銀髪を、今日のためにきちんと結い上げている。
「俺の誕生日だって八回目だったぞ」
「そうだ。だからお前を一人前の鍛治師として認めて、鎚を鍛造ってやったんだ。一人前の鍛治師なら、こういう場所でもきちんとしないとな」
「……真夏の真っ昼間の仕事の方が、まだマシだ」
ますます口をへの字に結んだ蛮鷹に、父親は笑みをこぼし、その頭を撫でる。
「とにかく、だ。今日だけは最後までここに居るのが俺たちの仕事だ。頑張れ」
「最後って、いつまでだよ? 全員の上げ膳までか?」
「姫様の伏せ名が明らかにされたら、帰っていい」
「たかが名前だろ? そんなの勿体ぶらねえで、さっさと言っちまえばいいじゃねえか」
「そういう慣しなんだ。それを守り続けることに意味がある」
「……よく分かんねんや」
「そうか。……ああ、そうだ。さっき国宝のご開帳が始まったらしいぞ。太天守に見に行って来たらどうだ?」
「父ちゃん……じゃねえや。親方はどうするんだ?」
「俺は子供の頃に見たことがあるからな。もう見ることはできん。二回も見たら、目が雷に打たれて潰れちまうんだとさ」
「なんだそれ」
蛮鷹は笑って立ち上がると、
「ちょっと見に行ってくる」
手を振る父を残し、渡り廊下を歩いて、開け放たれた襖戸をくぐった。いつもは厳かで緊張感に満ちた太天守の板間が、ただの宴会場と化している。
「おっと」
酔った大人たちの千鳥足を避けながら進む。正装の藍染も窮屈で動きにくい。亡き母が用意してくれた晴れ着だと分かってはいるが、やっぱりいつもの作業着が一番だ。そんなことを思いながら進んでいくと、ようやくたどり着いた。国宝に、ではない。それを見るための長い長い行列の最後尾に、だ。
蛮鷹は肩でため息をつき、それでも列の最後に並んだ。生涯に一度しか見られない国宝。見ておいて損はないと言うよりは、これを見ないとなると、いよいよやる事がない。
「おい、こっち! こっちだ」




