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質屋・籠の備忘録  作者: 甲乙イロハ
黒電話
10/82

10

 木枯らしが吹き抜ける。


「……あれ?」


 町なかで、和夫は立ち尽くしていた。

 仕事を終え、何かを取りに店へ……。……店? なんの店だったっけ? そこで、なにをしようとしていたのだろう? 全く思い出せない。


「私、どうしてここに……?」


「……美枝子?」


 隣で首を傾げているのは別居中の妻ではないか。和夫は驚いた。


「なんだ、おまえ? いつ、こっちに来た? それに……なに泣いてるんだ?」


 矢継ぎ早に問われた美枝子は顔をしかめ、


「あなただって泣いてるわよ? ……えっと、なにがあったんだっけ?」


「なにか大切なことを忘れてるような……。なんだ? ぜんぜん思い出せないぞ。二人して記憶喪失か?」


 涙を拭いながら言った和夫の顔を、美枝子はまじまじと覗き込み、


「お互い歳をとったわね」


 そこで、ふと気づく。若い頃のように手をつないでいることを。

 顔を見合わせ、ほとんど同時に吹き出した二人を、店のガラス越しに見つめるのは、キビキとブレイシルドだ。


「すごいだわさ」


 黒電話を眺め、感嘆するブレイシルド。


「質流れ前に力を宿すなんて、初めて見ただわさ。よっぽど大事に思ってたんだわさ」


「おそらく、元の持ち主である母親の思い入れが強かったのも一因でしょう」


 キビキは黒電話をカウンターの一番端に置き、


「あの世と繋がる電話……冥界電話とでも名付けましょうか」


 にんまり笑みを浮かべた。


「ブレイシルド、あなたもお疲れさまでした。今日はもう店じまいにしますから、戻っていただいて結構ですよ」


「あっそ。じゃ、おやすみだわさ」


 ブレイシルドが身を翻す、とその姿が煙のように掻き消え、代わりに壁に凧型の盾のごとき大剣が出現、壁付けの頑丈な受け具にずしりと収まった。


「う……うむぅ……」


 目を覚ました桃井が、呻き声をあげる。それを追うようにして子分二人も気がついた。


「ああ、お目覚めですか」


 両手を後ろで組んだキビキが、床でうごめく三人をカウンター越しに見下ろす。


「あ、兄貴。これ……」


 子分が拾った封筒を受け取り、懐に入れる桃井。それを黙って見つめるキビキ。


「……帰るぞ」


「で、でも兄貴……」


 虚仮にされたまま帰るのか。非難めいた子分の視線など無視して、桃井は出口へ向かった。長年、荒事にたずさわってきた男の勘だ。ここは、やばい。焦る桃井だが、しかし。


「ドアは……どこだ?」


 入って来たドアが見つからない。


「おい、出口はどこだ!」


 虎の刺繍入りのスカジャンを脱ぎ、叫ぶ子分。カウンター越しに獣のような顔で凄まれたキビキは、破れ、壊れた店の品々を眺めながら、


「弁償していただきますよ」


 静かに言った。


「ふざけんなっ!」


「よせっ!」


 桃井の制止も聞かず、ポケットから飛び出しナイフを取り出した虎が、鋭い刃の切っ先をキビキに向ける。


「あんまりなめてやがると、ぶっ殺……」


 言いかけて、言葉を飲み込んだ。


「な、なんだよ、それ……」


 突然、風が吹いたかと思いきや、虎の鼻先に巨大な剣の切っ先が向けられていた。キビキの背後の暗闇から浮き上がるようにして、赤銅色の肌をした若い男が現れる。超重量の鉄のかたまりを軽々と扱うその膂力は、まさに人間離れしている。

 真の武器を目の当たりにした虎は、自らの持つ玩具のようなナイフから手を離し、後ずさった。腰が抜け、床に尻餅をつくと同時に、床板に落ちたナイフが鈍い音をたてて転がる。


「正解です」


 キビキが言う。


「このカイライには、単純な命令しか与えられません。壊せ、とか、殺せ、とか。あなたがたがこれ以上、当店で暴挙を重ねるようでしたら、私も命令を下さざるを得ないところでした」


 桃井は懐から封筒を取り出し、カウンターに置いた。


「こ、こいつは返す。これで手打ちってことで……」


「いいんですか?」


 無言でうなずく桃井。キビキはつまらなさそうに封筒を手にした。


「では、こちらは迷惑料として受け取っておきます」


「お、おう。邪魔したな。それで、出口は……」

「……出口?」


 キビキは眉をひそめて問い返した。


「これは迷惑料として受け取ったまでです。苦労して、苦労して、長年かけて集めた貴重な品が幾つも失われたのですよ? 弁償には全然足りません」


 がしゃり、と金属音が響く。カイライが大剣を握り直したのだと気づき、桃井は息を呑んだ。


「わ、わかった! いくらなんだ? いくら払えばいい!?」


 ほとんど恐慌状態に陥り、桃井は叫んだ。龍虎もすっかり縮み上がっている。片眼鏡をかけたキビキはそんな三人を頭からつま先まで順番に見つめ、肩をすくめた。


「……やれやれ。残念ながら、今、あなたがたは良い質草をお持ちではない。……仕方ありませんね。古典的で恐縮ですが……」


 両手を組み合わせる。


「どなたかの魂おひとつで、いかがです?」


 キビキは薄く微笑んだ。


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