7 見た目詐欺没落令息は、金貨二枚を握りしめてお使いに行きます。
街のほぼ中央に位置する、市民の憩いの場であるポロック広場から北に向かって歩いて行くと、雑多な雰囲気が少しずつ削がれていく。両側に街路樹が整然と並び、その根元には花が植えられていて、冬の最中であっても手入れの行き届いた色とりどりの花々が上品に咲いているのだ。
フランク通りは、貴族が営む店や事務所が並ぶ通りだ。
ポロック広場からそれほど離れたわけではないのに、いつも小綺麗に整えられているこの通りを平民が歩くのには少しばかりの勇気が必要になる。これでも貴族の端くれというか、一応は伯爵家の令息であるブライアンがこの程度の貴族的な景観におどおどすることはないけれど、それでも預かり物の金貨二枚をポケットに入れていることもあっていつもより足が速い。
妙に人気がないのはやはり風邪の大流流行のせいなのだろうか、通りを行きかう馬車もまばらだ。
「ここ、かな」
すぐ隣にいても聞こえないような小さな声で呟いてブライアンは、ガードナー商会と書かれた看板を見上げた。更に強さを増した冷たい風が、足を止めたブライアンの金髪を巻き上げる。
ガードナー商会の店は、三階建てのなかなか立派な屋敷だった。下級貴族である子爵家が経営している店だと考えると、いささか立派すぎるような気もする程だ。
貴族が経営する店は、平民が経営する店とはかなり違う。まず外観からして店には見えない、ごく普通の屋敷のような佇まいなのだ。馬車で直接乗り付ける客が多いため、広い車寄せもあって当たり前だ。
通りに面した扉を誰でも勝手に開けていい平民の店とは違い、貴族の店は用があれば呼び鈴を鳴らして向こうから扉が開くのを待たなければならない。呼び鈴に応えて出て来るのは店員だったりメイドだったりとその店によるが、いかにも平民ですといった服装をしている者はここで容赦なく追い払われる。
つまり、玄関先で客の選別をするわけだ。
呼び鈴を押す前にブライアンは、軽く髪を整えて、ネクタイの歪みを直した。袖丈とズボン丈が足りていないのはどうしようもないが、王立学園の制服を着てさえいれば門前払いされることはない筈だ。
ブライアンが呼び鈴を押してしばらく待つと、濃紺のお仕着せを着たメイドが扉を開けた。目だけ素早く動かしてブライアンの服装を確認したようだが、そんなことはおくびにもださずにきれいな笑顔で丁寧に頭を下げる。
「いらっしゃいませ、お約束はおありでしょうか」
「約束はしていないのですが、こちらに風邪薬があると聞いて参りました」
「わかりました、お入りくださいませ」
茶色い髪を後ろで一つにまとめたメイドは、恭しい態度でブライアンを招き入れた。ブライアンは穏やかな笑顔を浮かべてさも当然のように足を踏み入れたが、こんなにすんなりと入れてもらえるのは制服のおかげでしかない。今日はマダムの使いだから金貨を持っているが、普通ならばこんな店でブライアンが買える物など何一つとしてないのだった。
ついそんなことを思ってしまうせいだろうか、玄関ホールを抜けた所にあったそれほど広くはないものの豪華な一室に案内されて、複雑な織模様が入ったいかにも高そうな布が張られた長椅子に腰を下ろしてからもブライアンは、何とも言えない居心地の悪さを感じた。
貴族の店は、中に入っても商品を陳列していたりはしない。そのあたりも平民の店と違う点だ。客それぞれに担当の者がつき、そこから商談が始まるのが貴族の商売であった。
すぐに担当の者が参りますまでこちらで少々お待ちくださいと言われて、待っている間にメイドがこれまた高そうな茶器に入った琥珀色のお茶を出してくれたけれど、とても手を伸ばす気にはなれない。喫茶店ではないのだから、いくら高級なお茶でも飲んだからと言って代金を請求されないことは、わかっているのだけれど。
「お待たせいたしました」
どれくらい待っただろうか、お茶に手を伸ばすことなくブライアンが長椅子の上で微動だにせずに待っていると、グレーの仕立てのよさそうなスーツを着た若い男が部屋に入って来た。二十代後半くらいだろうか、焦げ茶色の髪に緑の瞳のなかなかに見目のいい男だ。
「私、お客様の担当させていただきます、ダン・ドーソンと申します」
「よろしく」
「当商店には初めてご来店いただいたお客様とお見受けいたしますが、失礼ですがお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」
「ファラー伯爵家のブライアン・ファラ―だ」
ブライアンが名乗った途端に、ドーソンと名乗った男の目がすっと細められた。ファラー伯爵家が没落していることを知っているのだろう、商売人であればそれぐらいの情報は持っていて当たり前だ。
「ではファラー様、クライネフ薬をお求めとお聞きしましたが、間違いございませんでしょうか」
「クライフネフ薬?」
「おや、クライフネフ薬をご存知で、お買い求めにいらしたのでは?」
「流行り風邪の薬がこの商会で手に入ると聞いたから来ただけです」
「そうでございましたか、了解いたしました」
「それで、薬はあるのですよね?」
「ファラー様の仰る流行り風邪の薬がクライフネフ薬のことでしたら、確かにございます」
丁寧な態度と口調ではあるけれど、微妙にいやらしい言い回しをしてくる。にこやかに笑っている顔の下ではきっと、ブライアンの無知を嘲笑っているのだろう。もっともブライアンにしてみれば、こんな態度を取られるのはいつものこと過ぎて気にもならないのだが。
「それで、そのクライフネフ薬というのは流行り風邪に効くのですよね」
「クライフネフ薬は、クライフネフ風邪の特効薬となっております」
「最近、街で流行っている風邪がクライネフ風邪ということですか」
「さあ、私は医者ではありませんので、何とも」
この程度の無礼なら気にもならないブライアンだが、これではちっとも話が進まない。さっさと薬だけ買って帰りたいところだが、一瓶で金貨一枚もする薬なのだ、もしも効かなければと思うと効能を確かめずに買うわけにはいかないのだった。
「その、クライフネフ風邪というのは、どういう風邪なんですか」
「おや、そこからですか。いやはや」
「知りませんので、お教えいただけますか」
ドーソンは、多分平民だろう。下位貴族の二男や三男である可能性もあるが、少なくとも小伯爵であるブライアンよりは下の身分であることは確かだ。
身分だけは明らかに自分より上であるブライアンがへりくだったような言い回しをしたので気をよくしたのかドーソンは、膝の上に組んだ手を置いて、ピンっと伸ばしていた背を丸めた。つまり、客の前で店員が姿勢を崩したわけだが、普通の貴族なら無礼だと怒るようなその態度さえ、ブライアンにしてみれば気にもならないものだった。
「今では亡国となって久しいクライフネフ王国で最初に発見されたと言い伝えられている流行性感冒、それがクライフネフ風邪なのでございます。何日も高熱が続き、それに耐えられない体力の劣る者から死に至る恐ろしい病です。症状は似たところもございますが普通の風邪とは全く違う病ですので、普通の風邪薬では効きません。特効薬はゴドリッジ王国の北部にある険しい山でしか採れない薬草から作られる、クライネフ薬のみ。ファーニヴァルでクライフネフ薬を取り扱っているのは、当商会だけかと存じます」
ようやくまともな説明を聞いたわけだが、それでもジョナスとカーラを苦しめているのがクライフネフ風邪なのかどうかはわからない。医者に診てもらえればはっきりするのかもしれないが、ファーニヴァル王国において医者とは貴族のために存在するのだった。
中には貴族も平民も関係なく診てくれる医者もいないではないけれど、残念ながらブライアンにはそんな尊い医者には心当たりがない。ファラー一家が今のあばら家に移り住んだ後もしばらくは往診に来てくれていた老医師の顔が思い浮かぶが、彼だとて貴族しか診ない医者の一人なのだ。父とは長い付き合いだったからこそ往診に来てくれていたのだろうけれど、それも顔を見なくなって随分と経つ。
「如何されますか、今ならまだ在庫がございますが」
金貨二枚は、マダムにとっても大金だろう。効くか効かないかわからない薬に払っていい額ではない。
だけど、ジョナスはもう四日も熱が下がらないと言う。それに産後のカーラは、まだ以前の体力を取り戻していない。
今から街の薬屋に駆け込んだとしても、風邪薬が手に入る可能性は低い。ジョナスとカーラがクライフネフ風邪なのかどうかは、それこそ医者ではないブライアンには判断がつかないが、それでも今、確実に手に入る薬を手に入れるべきではないだろうか。
もし効かなければ金貨二枚を失うが、もし効いたなら命が助かるのだ。
ここは、迷うところではないだろう。
「では、そのクライフネフ薬を二本いただきます」
そう言ってブライアンは、上着の内ポケットから二枚の金貨を出して目の前のローテーブルに置いた。しかしそれを見たドーソンは、さも可笑しそうに口の端を歪めたのだった。
「申し訳ありませんが、こちらでは一本しかお売りできません」
「は?」
「クライフネフ薬は、一瓶で金貨二枚になります」
もう取り繕う気もなくなったのかドーソンが、嘲るようにブライアンを見下した。まさか、と呟いたブライアンの声に、さらに厭らしい笑みを浮かべる。
「何がまさか、なのでしょうか。一瓶、金貨二枚です」
「一瓶で金貨一枚と聞いて来たのだけど」
「それは、先週の価格でございますね」
「一週間で倍になったのか?」
「左様でございます」
「それは、あまりにひどいだろう」
「何がひどいのか、私にはお客様のおっしゃることが理解できません。クライフネフ薬は現在、とても品薄です。希少な物が高価なのは当たり前ではございませんでしょうか」
「しかし、薬一瓶で金貨二枚だなんて」
「希少なお品でございますので」
ブライアンが履いている靴は、金貨一枚と大銀貨二枚だった。熟練の職人が丹精込めて作った高級革靴よりも、一本の薬の方が高いのだ。
ニタニタを笑うドーソンの顔に文句があるなら買うなと書かれているようで、ブライアンは仕方なく薬を一瓶だけ受け取った。茶色いその瓶は本当に小さく、こんな量で効くのかと思わずにはいられないが、それでもこの一瓶を持ち帰ることしかブライアンに出来ることはないのだった。
結局、ブライアンが買って帰った一瓶を、朝には少し熱っぽいと言っていたのが半日ほどで急激に状態が悪くなったカーラに飲ませたら、翌朝には熱が引いていたそうだ。
どうやら、本当に効いたようだ。
そこでブライアンは、マダムに頼まれて金貨二枚を預かって、また制服に身を包んでジョナスに飲ませる分のクライフネフ薬を買いに行くこととなった。またドーソンとかいう男の顔を見なければならないかと思うとうんざりだったが、ジョナスのことを思うとそんなことは言っていられない。
しかし、昨日の今日なのにクライフネフ薬の価格は、一瓶で金貨三枚へと値上がりしていたのだった。
蜂蜜入りの温かいミルクには、何か鎮静効果のようなものがあるのだと思う。幼い頃のブライアンは、眠れない夜にはメイドのファルマに蜂蜜ミルクを作ってくれるよう頼んでいた。そのことを知っているからか、疲れた様子のブライアンにトム爺は、黙って温めたミルクに蜂蜜をたっぷりと入れてくれた。
「坊ちゃんがお元気そうで、本当によかったです」
「それは僕の台詞だよ。トム爺が風邪をひいていなくて、安心した」
ファラー伯爵家で長年働いてくれていたトム爺こと、トーマス・バルトは、屋敷を手放した後は王都の外れにある小さな教会に身を寄せている。独り者である神父様の世話をしたり、古い建物の管理をしたりして暮らしているのだ。
その教会の裏口から中に入れてもらってブライアンは、久しぶりにトム爺の優しい手に世話をされていた。暖炉の前に寄せられた椅子に座らせてもらって、膝の上には厚手のブランケットがかけられる。そして、すぐにミルクが温められた。
トム爺の蜂蜜ミルクはとても優しい味がする、寒い外を歩いて来たブライアンを体の底から温めてくれるようだ。
ブライアンは、あれから何度もガードナー商会に薬を買いに行っていた。というのもカーラにはよく効いた薬がジョナスには効かず、だけど他に薬はなくて仕方なくもう一本買いに行ったのだ。
ダン・ドーソンがもうすっかり嘲りを隠す気もなくなった口調で言うには、クライネフ薬は発症後すぐに飲めば少量でもよく効くが、時間が経ってしまうと一本では効かなくなってしまうそうなのだ。
もう何日も熱で苦しんでいたジョナスは、二本目を飲んでも熱が半日ほど下がっていただけですぐにぶり返してしまって、大切な一人息子のためにマダムはまたブライアンに金貨を預けた。
三本目は、金貨三枚で買えたが、四本目は金貨四枚だった。
日に日に薬が値上がりする中で、今度はジョナスとカーラの四人の子供のうち、二人目と三人目が熱を出した。
近づいては駄目だと言っておいたのに、大人の目を盗んでは父の部屋に忍び込んでいた幼い兄弟は、朝になっても起きて来なくて、姉のルシアが様子を見に行った時にはすでにかなりの高熱だったのだ。
すぐにブライアンは、金貨を握ってガードナー商会に走った。マダムは二十枚もの金貨をブライアンに預けて、これで買えるだけ買ってきて欲しいと涙で濡れた顔で頼んだのだ。
金貨二十枚で、薬は四瓶買えた。つまり、また値上がりしていたのだ。
一瓶で金貨五枚、本当にふざけた値段だ。
幸いなことに子供たちは、それぞれ薬を一本飲んだだけで快方に向かい、長く苦しんだジョナスもまた、通算で五本目になる薬を飲むとそれまでの熱が嘘のように引いて行った。
そうしてようやくジョナス一家に平穏が訪れたわけなのだが、貴族の店でしか扱っていない一瓶で金貨五枚もする薬を誰もが手に入れられる筈もなく、最近ではどこそこの誰それが亡くなった、というような話もちらほらと耳に入るようになった。学園も休校のままであったし、風邪の猛威は衰える気配がなかった。
命を落とすのは幼い子供や老人などの、体力が劣る者たちが多いらしくて、昨日もマダムの古くからの知り合いが亡くなったと言う知らせが来てマダムが落ち込んで、その落ち込んでいるマダムが心配なのか母もまた肩を落としている。
マダムの手元には薬が一瓶だけ残っていて、それは数日おきに値が上がる貴重な薬で、次にはもう手に入らない可能性があり、もしもまた家族が熱に侵された時にはこの一瓶がその命を救ってくれるかもしれなくて。
いくら人がいいマダムでもそんな大切な薬を他人のために差し出せる筈はなく、だけどお人好しだからこそ薬を隠し持っているという事実がまたマダムの心を重くしていた。
もっとも、マダムの知り合いに関しては亡くなってから知らせが来たので、薬を譲る譲らない以前に知った時にはすでに手遅れだったわけだが。
亡くなったのは随分とお年を召されたご婦人だったそうで、疲れ切った顔でお茶を飲みながらここ数日の出来事を話す母の声を聞きながらブライアンはふと、しばらく訪れていなかったトム爺のことが急に心配になってしまったのだった。
それで今日は、朝食を終えるとすぐに人通りがめっきり減ってしまった街を半ば走るような速度で突っ切って、こうしてトム爺に会いに来た。もしも風邪を引いて寝込んでいたらどうしようというブライアンの心配は幸いなことに杞憂に終わり、教会の裏庭で薪を割っていたトム爺は、ブライアンを見ると嬉しそうな笑顔を見せてくれたのだった。
「旦那様と奥様もおかわりありませんか」
「父上は、相変わらずだよ。母上は元気だけれど、無理をしているようで少し心配なんだ」
「そうですか……お風邪を召されていないのなら何よりです。今年の風邪は、いつもの年とはどうにも違うようですから」
「教会は今、大変なんじゃない?その……風邪で亡くなる方が多いから、あちこちから神父様が呼ばれて」
トム爺を前にすると、ブライアンの話し方は少し幼くなってしまう。親友のロンに言わせれば、ブライアンは無口と言えば聞こえがいいけれどそれは単に言葉が足りないだけで、それで素っ気ない喋り方になっているのだそうだけれど、トム爺が相手だと勝手に素直な言葉が出て来るのだ。
「そんなことはありませんよ、風邪で亡くなった方には祈りを捧げておりませんから」
「え、そうなの?」
「うつる病ですからね、死体からでもうつるそうですよ」
「まさか」
「偉いお医者先生がそうおっしゃったそうで、教会にお城から通達が来たのですよ。風邪で亡くなったという知らせが来ても祈りを捧げに行かず、すぐに騎士様の詰め所の方へお知らせするようにと」
貴族は亡くなると、大勢の人が喪服を着て集まり葬儀を行うが、平民はよほどの金持ちでなければ葬儀はしない。平民は誰かが亡くなると、まず教会に神父を呼びに行く。遺族がいれば遺族が、家族を持たない独り暮らしの者が亡くなったら近所の者か、友人あたりが必ず教会に行くのだ。
呼ばれた神父は、死者の枕元で悼みの祈りを捧げる。
祈りを捧げてもらったら、そのまま埋葬になる。神父がすぐに来てくれて、墓堀の手が空いていた場合は、ものの数時間で片付いてしまうこともある。人一人の人生の終わりにしては実にあっけないものであるけれど、平民にとってはそれが当たり前なのだ。
それなのに、そんなあっけない終わりでさえ流行り風邪で死んでしまったら迎えられないらしい。
「そうだったんだ、知らなかったよ」
「風邪とみんな言っておりますけど、これは風邪とは別の流行り病でしょう。昔、私がまだ若い頃にもこんなことがございましたよ」
「そうなの?」
「ええ、あの時も本当にたくさんの方が亡くなられました」
「その流行り病は、クライフネフ風邪と言わなかった?」
「さあ、どうだったでしょうか」
トム爺の若い頃というのが何年前になるのかはわからないが、今回の感染症を同じものであったのかもしれない。クライネフ風邪と呼ばれる感染症について詳しく調べたいとブライアンは思っているのだけれど、生憎と王立学園の付属図書館は閉まったままだ。
「祈りを捧げてもらえずに、そのまま墓地に埋葬されるのか。それは何と言うか気の毒、というのは言葉が軽いね。えっと……」
「風邪で亡くなった方は、墓地には埋葬されませんよ。街の外の、どのあたりかは存じませんがかなり遠くまで運び出されて、そこで大きな穴を掘って火葬にされた上で埋められるそうでございます」
「え、火葬?」
死者を焼いて骨にしてから埋葬する、火葬という風習がある国があることはブライアンも知っている。だけどファーニヴァルでは、人は死んだら棺桶に入れられて土の下で眠るのだ。焼かれることはなく、自然に朽ちるそのままに。
「火葬にすれば、もううつらないそうですよ」
「そう……」
だったら、マダムの知り合いだというご婦人も今頃は街の外なのだろうか。墓所に葬られることなく、大きな穴の中に?
「あまりに惨いとのことで、うちの神父様と知り合いの神父様方が何人かで、せめてその場所まで行って、火葬にする前にお祈りを捧げさせて欲しいと訴えたそうですが、許可がおりなかったのですよ」
「知らなかった、そんなことになっていたなんて」
「騒ぎにならないようにでしょうね、死体を街の外に運び出すのは夜にやっているそうですよ」
弔いの祈りも捧げられず、夜中に街の外まで運び出されて焼かれる。
想像したくないのに想像してしまって、ブライアンは耳を塞ぎたくなった。死体を運ぶ馬車の車輪の音が今にも聞こえてきそうで。
あの薬。
貴族しか入れない店で売っている、金貨五枚のあの薬。
あの薬がもっと安価で、誰の手にも簡単に入るならばもしかしたら。
もしかしたら、誰も焼かれずに済んだのかもしれないのに。
「坊ちゃん、ミルクのお代わりはいかがですか」
「いいの?」
「もちろん、ミルクを飲むと背が伸びるそうですよ」
「背は、もう伸びなくていいよ」
「左様でございますか?」
制服のズボン丈を思ってブライアンが顔をしかめると、トム爺は笑いながら手を差し出した。その手に、からになったカップを渡す。
トム爺の皺くちゃの手は、やはり優しいと思いながら。
更新、遅くなって申し訳ありませんでした!
しかも、続きは書けていないという……。
気長にお待ちください、ごめんなさい。




