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コントロール・アウト  作者: 柴門秀文
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坑道を下る3-1

 坑道の底で、中学三年生の澤渡(さわわたり)健次(けんじ)は息を潜めていた。ガクガクと身体が震えた。止められないほどの、激しい震えだった。

 寒いはずはなかった。坑道の空気は冷たいけれど、斜坑を逃げてきたために身体は火照っていた。

「死んでいたちゃね。顔のぐちゃぐちゃやった」

 顎が噛み合わずに、言葉が不規則に揺れた。

 死体を目にした。初めての経験だった。闇の中に沈んだ死体を、スマホのライトで上から照らして見た。バケモノ屋敷の蠟人形のようだった。生々しくもなく、どこか作り物めいていた。

 白いシャツの胸ポケットを透かして、スマホが淡く光った。

 着信音もバイブレーションも停止していた。画面だけが光を浮かべた。誰かが、健次と連絡を取ろうとしている。

表示は見ない。おそらく家族だ。助けを求めたい気持ちがあった。

〈いかん。電話には出られん。助けば求められて、ここに来よるんだから〉

「出てもよかよ。お母しゃんやろう。心配ば懸けたらつまらんわ」

もう一つのポケットが、闇の中にぼんやりと浮かび上がった。

同じクラスの木嶋(きじま)葉菜(はな)だった。白いブラウスの胸ポケットが光っていた。集団自転車泥棒の話が広まって、親や教師が心配している様子だ。

「いや、よかよ。今ここで電話に出たら、追っ手に探し出さるるたい」

 健次は首を横に振った。こっそりと動かした視線が葉菜の胸元で停まる。

 膨らみ始めた胸の形が、スマホの光で浮かび上がった。胸元を隠すように、そっと当てた柔らかい指。薄く透けた下着の形が健次を興奮させた。

 恥ずかしくなって目を逸らす。身体の震えが消えた。一転して顔が熱い。ひどく火照っていた。

 荒い呼吸と共に口から飛び出しそうなほど、胸が高鳴った。

「恥ずかしかから、そげんに胸ばかり見なかでくれんね」

「違うちゃ。見てはおらんよ。暗闇だから、何も見えんちゃ。誰の電話ば架けてきよったかっち、気になっただけたい」

 擽るような少し掠れた声。葉菜が深い息を吐く。

「なんばしとるんばい、こん坊主。こぎゃん状況で興奮ばして、チンポ、立てとるんじゃなか」

 いきなり怒鳴られて、頭を平手打ちされた。もう一方の手が健次の勃起した股間を強く握っていた。

高校生の清野(せいの)順平(じゅんぺい)だ。中学校の先輩に当たる。

「痛いとよ、勃起なんば、しとらんと」

 嘘を吐いて誤魔化した。股間を握った手を振り払って、健次は頭を抱えた。

「坊主の、生意気にしらごつば吐いとるんじゃなかちゃ」

 面白がって笑う声。ピンクのポケットが、スマホの光を浮かべた。細い線となって闇に浮かんだ。

 改造した短ランを着ていた。暗闇に隠れて見えないが、庇のようなポンパドールがトレード・マーク。誰が、どう見ても、典型的なヤンキーだった。

「葉菜の恋人やった兄貴の死んだったい。調子に乗るっち、ただや置かんからな」

「死んだんやなか。殺されたんちゃ。そいに、恋人やなかよ」

 声を震わせながら、葉菜が順平の言葉を否定した。心に深い傷を負っていた。


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