坑道を下る2-4
〈ヤバい〉と禄膳は背筋が凍る思いがした。
工場の留守番をしている爺さんに気付かれたら困る。
耳も遠くなって、すぐに布団に入る年寄りだった。だが、万が一にも気付いたら、管理者に連絡を入れる。
音を立てた工具を押さえて、禄膳は身動きを止めた。息を堪える。自動加工機が夜間運転を続けているから、切削音は聞こえても違和感がない。
だが、工具が立てる音は、不審者の存在を意味する。
守衛ではなく留守番の名目で働いている。いかに、シルバー人材でも、不審者の気配がしたら、確認は取るはずだ。
留守番の動きを感じたら、隠れるつもりだ。都合よく、機械は停まっている。
新藤の気配が消えていた。いつも同じだ。いつの間にか現れて、いつの間にか消える。
〈幻覚なんかも知れんな〉と、思ってみた。
禄膳は慌てて頭を振って打ち消した。
気が狂れるほど追い込まれてはいない。それに、繊細な神経を持ち合わせるほど優秀な家系ではない。
しばらく息を潜めた。留守番の動きはなかった。
禄膳は切削の開始位置を調整した。旋盤のスイッチを入れる。砲身が回転を始めた。刃具の食い込みは一切なかった。
時間を掛けて、次のライフリングが刻み込まれていく。
感情に任せて感覚を鈍らせるわけにはいかなかった。
金属が焼ける臭いがした。禄膳は緊張した。
バイトが当たる部分から白煙が立ち昇った。油差しを掴んで砲身を覗き込んだ。
フック・カッターの先端部分を冷却するために、切削油を注いだ。切削カールが燃え出しては一大事だった。火事を起こしては、すべてが台無しになる。
解雇日まで、あと一週間だ。砲身の加工だけは終わらせる必要があった。砲弾は、廃止になった坑道の奥から発見した。騒ぎを起こすだけの数は充分にある。
少しは世間を見返せるはずだ。
『何ができるか判らない。だが、少しくらいは注目されるからな。お前だって、生涯に一度くらいは注目されてもいいだろう』
姿を消していた新藤が、闇の中で声を潜めて笑った。